Michiruブログ

バイク、ツーリング他 グルメ、日常生活などをつれづれに・・・(^^)

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2021年06月

うだつの町並みと満濃池をおとずれまんねやわ♪

ここのところセローで山の中ばかりうろちょろしていますが、たまにはダブ子ちゃんにも乗らないとネ

この日はあいにくの曇り空。

いつもとは違ったルートで、うどん県東部のほうから山越ですだち県へレッツラ・ゴ~~

のどかな風景ざんす(・∀・)

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峠にはダム(宮川内ダム)がありやしたよ。

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上流側のダム湖。 色とりどりのアジサイがきれいっす。

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ジョンジョロリンと放尿ちがった放流 

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すだち県にはいり・・・

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ひさしぶりにおとずれたのは・・・

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藍のふるさと 阿波
~日本中を染め上げた至高の青を訪ねて~ 
美馬市脇町南町伝統的建造物群保存地区(うだつの町並み)

吉野川流域には、まるでお城のような屋敷があちこちで見ることができます。これらは、江戸時代 から明治時代にかけて活躍した藍商人の屋敷です。徳島の藍は、とても品質がよかったことから全国 的に大人気となり、藍商人は大いに繁栄しました。

美馬市脇町南町伝統的建造物群保存地区(うだつの町並み)も、藍の集散地として、藍商人たちに よって築き上げられました。町並みには、本瓦葺の屋根に、漆喰壁、2階部分には「うだつ」をあげ た豪華な建物が軒を連ねています。ここには、今でも、藍で栄えた風景が残っています。


脇町 うどつの町並み!

こんなお屋敷が軒を連ねています。

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うだつ
うだつ「卯建」は、二階の壁面から突き出した 漆喰い塗りの袖壁で、火よけ壁とも呼ばれ防火の 役目をしていました。
江戸時代、裕福な商家はこの「うだつ」をあげ た立派な家を競って造りました。
ことわざ辞典にいつまでもぐずぐずして一向に 出世できないことを「うだつがあがらぬ」と記し ており、この語源になったのではないかと思われ ます。


「うだつ」って、こういう事なんですよ~~~(゚∀゚)アヒャ

こういうのも懐かしいっす。↓

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こんなタバコ屋さんは、近所にありましたよ。

でもこの手の電話機は、あたいの小さいころにはすでになかったです(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

もう少し散策しまひょ。


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川向うに見えるは・・・

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オデオン座!! 寅さんファンなら、知っているよね(*゚▽゚*)

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わかんない人は↓ を見てね。







このあとうどん県に戻り・・・

そうだ!!

”満濃池のゆる抜き”が、ローカル・ニュースで流れていたので立ち寄りました。

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は~~い、お勉強タイム!! (゚∀゚)アヒャヒャ

満濃池略史     満濃町 

昔この地方は「晴天五日を経れば水湿の潤い無く霖雨二日に及べば洪水の難有り」と記されているように水利に乏しいところであった。農民は灌漑用溜池を渇望・歎願しつづけそれが実現されたのが満濃池である。阿讃の四季を映す水鏡は風光明媚、貯水量、伝説など名実ともに日本一と称されている。 

この池の創築は大宝年中(七〇一~七〇四)に国守、道守朝臣が築いたとされている。 

その池名の由来は大同四年(八〇九)頃まで当地を神野郷(かんのごう)と呼んでいたのを眞野郷(まのごう)と改めたので「眞野」 あるいは「十千(といち)」の池とも呼ばれたといわれている。 

満濃池は嵩上げ(堤上げ)、樋替え、復旧の歴史である。有名な工事は弘仁九年(八一八)の洪水、翌年の大旱魃により農民の困窮は極限に達した。国守の奏上により弘仁十一年(八二O)路真人浜継が下国し復旧に着手した。しかし九十九谷の雨水との戦いは工事の成功が危ぶまれた。そこで浜継は国守、清原夏野と計り、池は大きく民は少なく修築の困難を再奏上し空海の差遣を懇請した。

嵯峨天皇の弘仁十二年(八二二)五月二十七日勅許により名僧弘法大師(空海 四十八歳)が築池別当とし て、沙弥、童子を従えて、豪族矢原正久邸に止錫した。(このとき唐から持ち帰った花梨を植樹したと伝えられている。)空海は池畔の護摩壇上で秘法を修し加護を祈りつつ弓状堤防などの指図と説法をされた。 人びと空海の徳を慕い嬉々として集まり僅か三か月でみごと難工事を仕上げた。

三十余年を経て、仁寿元年(八五一)の秋、堤防が決潰し、国守、弘宗王により数千の夫役を発し、堤高を八丈(二三、Om)とした。その後何回かの修覆をしながら元暦元年(一一八四)の修築を期に戦国時代となり以後四五〇余年修覆する人もなく、池の中に池内村ができていた。

寛永二年(一六二五)に藩主生駒正俊が家臣西島八兵衛之元に復旧を命じ、豪族矢原正直と計り昔日の面影を見るようになった。

満濃池の池名は江戸中期より遣われるようになる。 

以来樋替工事二十回(御用普請八、国普請八、自普請四) 安政元年(一八五四)の大地震に堤防が決壊し、明治二年(一八六九)高松藩執政松崎渋右衛門の発議により揺替えごとの労役軽減や底樋の恒久化のため、豪農長谷川佐太郎などの協力により寒川郡富田村 庄屋軒原庄蔵に命じ石穴三十間五尺三寸 (五六、 二m)を穿鑿した。(国の登録有形文化財)翌年六月 堤長四十五間半(八八、七m)、堤高十三間(二三、六m) の完成を見た。堅樋、櫓は大正三年(一九一四)に配水塔に改築された。

その後の嵩上げは明治三十八年にO、八七m、昭和二年に一、五m、第三次は県営満濃用水改良事業として昭和十五年より 開始したが戦争のため休止の憂目を見た。水没する五毛地区三十三戸の立退きなどの協力により昭和三十四年(一九五九)三月に六、Om、大望の竣工となり現況は次のとおりとなった。

堤高  三二、三四m_     貯水量   一、五四〇万m 
有効水深  二二、一四m    灌漑面積  約四、六○○ヘクタール
満水面周囲 約二Okm           総工費  五四三、三二七千円 
水面積  一三八、五ヘクタール

平成十三年一月十六日


読んでて寝た人!! バケツに水を入れて廊下で立ってなさい (*;゚;ж;゚;*)ブッ

ここでも放尿!! 


ゆる抜きっす( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

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満濃池からのお水でたくさんのお米が育つんでしょうね (⌒∇⌒)



辛子明太子を使ったカルボナーラ・パスタ

あたいの大好物をいただきやしたv( ̄∇ ̄)v

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辛子明太子!!

あったかい白ご飯の上にこいつをのっけて 

うみゃ~~~いヾ(´ω`=´ω`)ノ


パスタでも使いますよ~~~~ (。・ω・)ノ゙

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パスタはタリアテッレを使うざんす。

冷蔵庫に生クリームが余っていたので、今回は生卵+余っていた生クリーム。

ここに皮をはいだ辛子明太子をドバッと投入。(皮はすでにあたいの胃袋の中ざんす(゚∀゚)アヒャ)

粉チーズも入れて混ぜまぜ。

パスタを塩適量入れたお湯で湯がいて・・・

黒コショウもたっぷりこんふりかけて・・・

完成ざんす~~~~~ (・◇・)ゞ

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(^q^) ウマソー いっただきま~~す!!

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グフッ (*´థ.థ`*)  美味しっ💛




ヤマロク醤油「新桶初搾り」

みなさん、ヤマロク醤油さんってご存じでしょうか?

小豆島にある醤油蔵さんです。

あたいは、この時(↓)はじめて ヤマロク醤油さんの「鶴醤(つるびしお)」をいただいてから、この醤油の”とりこ”になってしまいました v( ̄∇ ̄)v




TVとかにも取り上げられたこともあり、ご存じの方も多いかも~ (*゚▽゚*)

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子や孫の世代に木桶仕込みの本物の醤油を残します!
『木桶職人復活プロジェクト』

日本食の基礎調味料である「醤油」「味噌」「酢」「味醂」「酒」は、江戸時代まで全て木桶にて醸造されていました。これらの調味料は微生物の発酵によって造られます。美味しい発酵調味料を 造る微生物たちは、タンクにはほとんどいませんが、木樋には多く住みつくことができます。古来より、「木桶は最高の醸造容器」なのです。

しかし、木桶による醸造は少なくなり、多く残っている業界が醤油と味噌なのですが、生産量の 1%未満というのが現状です。そこで、2009 年に大阪の藤井製桶所に新桶を発注しました。当時、醸造用の木桶を製造できる桶屋さんは、その1社のみでした。その藤井製桶所さん曰く「醤油屋から新桶の発注が来たのは戦後初!」と言われました。このままでは、日本の発酵文化において深刻な問題が発生します。
現在使われている醸造用の木桶は、戦前に作られたものがほとんどです。今から約 50 年後にはほぼ全ての木桶が使えなくなってしまいます。そうなると、本物の木桶仕込みの醤油・味噌・酢・味醂・酒が消えて無くなります。これは日本食の基礎調味 料の本物が無くなるという事なのです。

我々が生きている間は大丈夫ですが、墓場に入った後の子や 孫の世代の問題です。子や孫の代に「本物の日本食の基礎調味料」を残せるかどうかは、木樋による発酵文化が後世に受け継がれるかどうかにかかっているのです。自分たちが墓場に入った後の問題ですが、誰かが動かなければ、日本の食文化の基礎が崩れてしまいます。
そこで、2012年1月に新桶を3本発注し、小豆島の男気のある大工2名と共に木桶職人を目指して修業することとなりました。3人で藤井製桶所に弟子入りし、新桶の製作に取り組みました。出来るかどうか考えるより、ま ずは行動です。発注した新桶 3本を使って、製作の全工程を教えていただきました。藤井製桶所さんから指導していただきながら、どうにか桶屋さんと共に新桶を組上げることもできました。

2013年9月20日 「小豆島で新桶を作る」この思いが現実となりました。材木(吉野杉)を削って組上げ、亡き祖父が残した小豆島の竹で箍(たが)を編みました。多くの仲間の協力により、小豆島で立派な新桶を組上げる事ができ感謝しております。その後は毎年1月に全国から様々な蔵元が集まり、小豆島で新桶を製作しております。

これから新規事業で桶屋を始めます! 全国の蔵元からの新桶の注文にも応えていきます。木桶による発酵文化を残し伝えます。今後も小豆島で木桶を作 り、自分たちで作った木桶で醤油を造り続けます。皆様の子や孫の世代に本物の醤油をお届けでき るように頑張ってまいりますので、応援とご協力をお願い致します。

木桶による醤油造りを次の世代に残すためには、醤油屋が木桶を作らなければならない時代になって来ました。我々の挑戦が どこまで出来るか分かりませんが、皆様方の応援とご協力をお願い致します。
ヤマロク醤油 五代目山本康夫



こちらでお醤油を取り寄せたこともあることから、DMでこんなお醤油の案内を頂きました。
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『新桶初搾り』天然醸造しょうゆ
500ml 1,296 円  限定 2,400 本
【原材料】国産丸大豆(富山県産エンレイ)、国産小麦(北海道産春よ恋)、天日塩 
【仕込情報】2020年1月製作の新桶 102号2020年3月20日仕込み
6月7日(月)より、随時発送いたします。

昨年大好評につき今年も限定販売します!

新補での醤油は最初の1回目だけです。なぜなら2回目の醤油は1回使っているので「新桶」ではありません。100年以上使う木桶。最初の1回目の記念すべき醤油だけが「新桶初搾り」となるのです。

昨年に引き続き春の発売となりました。これには理由があります。新桶に仕込みをすると、なぜか塩分濃度が0.5~1%程度高くなります。夏は汗をかきます。そうすると体が塩分を欲するのです。
新桶初搾りは春から夏にかけて使っていただきたい醤油ではないかと考えたのです。今回の熟成期間は約1年2ヶ月です。
薄い色とあっさりとした味わいは、 煮炊きなどの料理、白身のお魚、魚介類といい相性に仕上がりました。和食とも相性がよく、ワインで言えば白ワインです。食材によって濃厚な赤ワインの鶴譜と使い分けてご利用ください。ちなみに菊醤はロゼワインですよ。詳しくは別紙の「木桶仕込み醤油は高級ワインのよう」をご覧ください。 

「新桶初搾り」の価格についてですが、500mlで1本 1,296円とさせていただきます。鶴籍を造るために 使う原料の醤油と同じ仕込みをしました。
鶴譜が 500mlで1本1,296円です。その原料になる醤油が同じ値段では高すぎるのでは?と思われるかもしれません。その理由は、木桶の価格を一部原価に上乗せしているからです。実は木桶1本で乗用車が買えます。弊社の様に長い時間をかけて醤油を造ると、木桶代を償却するのに3代(約 100年)かかります。しかし、この負担を次の世代に残したくありません。私の代(約30年)で償却したいと考えれば、その間に十数回しか醤油を造ることができません。今回、木桶代の1/10 を価格に上乗せしました。そうするとどうしてもこの価格になってしまいます。本物の木桶仕込みの醤油を、子や孫の世代に残すために、皆様方のご理解とご協力をお願い致します。

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限定2400本!

限定品に弱いあたい(^^;

当然 注文しやしたよ (* ̄∇ ̄*)エヘヘ


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446/2400のナンバリングはが、ちと うれし~~~っす(゚∀゚)アヒャ

たしかに鶴醤と対照的な色。

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鶴醤が赤ワインなら、この新桶初搾りは白ワインかあ。

なるほど~~~。

あたい的には、ガツンとうまみのくる「鶴醤」にたいして、あっさりと主張しない美味しさの「新桶初搾り」かな!?


知らんけど(゚∀゚)アヒャ


こういう食文化のある日本に生まれて良かったなあと、つくづく思いまんねやわv( ̄∇ ̄)v






 

すだち県東宮山の林道をトコトコ・ツー♪

先般、近場の林道ツーの記事をアップしましたが、その前の記事をアップし忘れていて後先が逆になっちゃっいました・・(^^;

この日は6月6日。

ブイ~~ンと、すだち県の山を目指すざんす v( ̄∇ ̄)v

すだち県の穴吹川沿いに上流域へ。

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詐欺だあああ!  間違いました。 サギ違いっす (゚∀゚)アヒャ

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カモがネギしょってますよ (゚∀゚)アヒャ  うそぴょ~~ん

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穴吹川はこの日もきれいっす (o^∇^o)

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四国の3ケタ酷道をすすんでいたら・・・(つд⊂)ゴシゴシ

崖下になんかいますよ。

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スームアップ 

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シカさんやん (゚∇゚ ;)

身動きとれていないってことは・・・

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そんなこんなしてたら、他の鹿さんが すぐ真下の崖を下りていってました。 (||゚Д゚)ヒィィィ!


本日のお目当てルートの入り口にとうちゃこ。

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ブロ友さんは、見覚えあるっしょ!?

こちらを見てね。




東宮山の幻の岩屋の伝え書きがあったところ。 林道今丸線の入り口っす。

林道今丸線を入っていきますよ~~v( ̄∇ ̄)v

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ずいぶん山をのぼってきました。

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お花に蝶々が群がって乱舞してました。

写真を撮ろうと近づくと、逃げられちゃった・・・('A`|||)

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ここでも崖下からガサ・ガサ・ガサ・・・

あっ、鹿さんだ!!

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写ってない・・・('A`|||)

このあたり、木々を切り出しているので、木のいい香りが漂っています。

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ほぼ東宮山の山頂あたり。

脇道に「東宮山神社」の看板があったので、行ってみやした。

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この山道を進んでいくと、幻の岩屋があるのかも!?

この日は歩く格好をしてきていないので、またあらためてここに来まんねやわ (・∀・)

さらに進むと、道が左右に分かれていました。

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南へ進んでみまひょ。

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438号線の川井トンネルのところにでてきました。

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ちゅうことは、林道今丸線が、倉羅川井峠線に繋がるってことなんやね。

こちらの川井トンネル側が倉羅川井峠線の終点。 起点はこれまた先般訪れた天空の大パノラマ「葉波岳」の先になるっちゅうことで、やっと位置関係が理解できましたよ (゚∀゚)アヒャ

天空の大パノラマ「葉波岳」





倉羅川井峠線は、途中 山の崩落で行き止まりになっているちゅうことでしたが、行けるとこまで行ってみることにしました。

来た道を引き返し・・・

でた~~~~ (; ̄Д ̄)

完全に行き止まりっす (;´Д`)

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ここからすぐのところに南東方向に向いた脇道がありました。

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林道 殿宮線。 どこに繋がっているのかわかんないけど、とりあえず山は下りれそう・・。

ダート部分もあって、トコトコと楽しめましたよ (☆゚∀゚)

ウネウネ、トコトコと山を下りていくと・・・

438号線にでてきました (*゚∀゚)っ

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山の中のルートはこんな感じ。

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さらに広げると・・・

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全体走行ルートは、こんな感じ。

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この日も、自然を思いっきり楽しんだ1日でやんした。

やっぱりセローちゃんは、いい”こ”やねえ~~~v( ̄∇ ̄)v


自家製焼豚で「炒飯」を作ってみた♪

焼豚を作って3日目。

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初日は、焼豚玉子飯。

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二日目は、中華そば。

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さて、この日はわずかに残った焼豚を使って・・・

炒飯を作るざんすよ~~~~ v( ̄∇ ̄)v

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冷凍していたご飯をチ~ンしてから、卵まぜご飯状態に。

中華鍋にラードをひき 油をなじませ、卵まぜご飯を投入。

いい感じになってきたら頃合いを見て具材も投入。

塩、創味シャンタン(中華調味料)で味付け。 

これで十分美味しいけど、さらに鍋肌から煮豚を作った際の煮汁(冷蔵庫保管)をまわし入れまっせ~~~!!

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完成~~~ v( ̄∇ ̄)v

ԅ(♡﹃♡ԅ)ジュルル

いっただきま~~す!!

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お決まりの・・

グフッ (*´థ.థ`*)  美味しっ💛


まじ旨っ!! Σ(=゚ω゚=;)

煮豚の煮汁で美味しさ倍増!!

今まで食べた炒飯の中でもトップレベルの美味しさざんす (* ̄∇ ̄*)エヘヘ


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