暑い・・・

蒸し暑いっす ('A`|||)

ちゅうことで、ここ数日 24時間エアコンつけっ放しです。

電気代の請求がこわいよ~~~~~(TДT)


この日は、まださほど暑くない頃のお話。

セロ子ちゃんでトコトコ・ツーに行ってきやしたよ。

うどん県ののどかな道をトコトコ ♪♪

田んぼ風景。

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ネギ坊主もいっぱい (* ̄∇ ̄*)

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とうちゃこしたのは・・・

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JR讃岐財田駅。

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小さな無人駅におおいかぶさるように立っているこの木は・・・

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タブノキ!!  説明書きによると西日本にしか分布していないんだって( *゚ェ゚))フムフム

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おじゃましまんねやわ (・∀・)

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アンパンマンとバイキンマンがお出迎えしてくれましたよ (゚∀゚)アヒャ

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その時 ちょうど列車が・・・

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バビュ~~ンと通り過ぎていきました 

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このあと、ちょっと思い出深いところへ。

こんなところをとおり・・

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つきました v( ̄∇ ̄)v

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トライアルをやってた頃の練習場所。

勝手に「虎の穴」と呼んでた練習場所。

今は砂防ダムになっちゃってますが、当時(二十数年前)は砂防ダムの向こう側にまで 山あいに沢が広がっていました。

下の写真でもその名残がわかるかと思います。

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うどん県では沢セクションの練習ができる数少ない場所でしたが・・・。

今は砂防ダムの向こう側にはいくことができません。

砂防ダムのまだなかった頃は、山あいに沢が広がり 峠越えができる山道がありました。

今はそれを知る人ももうほとんどいなくなったんだろうなあ・・・

当時でも ここで他の人に出会ったことはほとんどありませんでした(^^;


砂防ダムを向いて右側の山側には、箸蔵寺に続く旧道の箸蔵街道ががあります。

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箸蔵街道

箸蔵寺(徳島県池田町 ) は、こんぴらさんの奥の院とも呼 ばれ、こんぴらさんに参拝した人は箸蔵寺にもお参りしたも のです。箸蔵街道はこうした参詣人のための街道として栄えた道で、阿波街道の猪の鼻越えと共に、当時の重要な交通路 でした。

毎日、二、三十人ずつの人が列をなしてこの街道をつぎつぎと行き来したそうです。 また、農繁期前後には何百頭もの 借耕牛が鈴をならして通ったといいます。

二軒茶屋と呼ばれたところは昔茶店が二軒あり、ほかに民家も二、三軒あったそうです。今では、茶店も姿を消し、たった一軒残った民家で最近まで炭焼きの老夫婦がひっそりと 山暮らしの日々を送っていました。

そのほか、明治末まで荒戸のふもとに「さいはん」という 大男が住んでいました。さいはんは毎日馬の背に米六斗(九 十キログラム) を積み、自分は三斗を負って阿波通いをした という話もあります。

ここから、二・四キロほど上ったところには眺望のすばらしい休けい所があり、また、二軒茶屋から箸蔵寺の方にむか って約二キロほど行けば馬除という山あいの集落もあります。

昭和六十一年三月 香 川 県


当時は、ここまでトランポに乗りつけて、トラ車をおろし 沢で練習し、休憩がてらこの箸蔵街道を・・・

それも今は昔・・・

平成17年の看板でしたが、「バイクも自転車もここを通っちゃダメよ!!」って看板が。

当時でもこの箸蔵街道を知ってる人はあまりいなかったんやけど・・。

こういう話はすぐ伝わるみたいなので、今では お気に入りの場所はあまり人に言わないようにしてます。

そうしないと、荒らされて閉鎖されちゃんよね・・('A`|||)

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さらにトコトコ・ツーは続きまんねやわ (*^・ェ・)ノ