3月15日付けの四国新聞記事。

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さぬき・徳武神社
義民の遺志 後世に
300年ぶり ほこら新調

 重税や大洪水による不作で窮乏する村民を見かね、時の藩主に直訴して義民となった若者「徳武 某(なにがし)」を祭っているさぬき市大川町の徳武神社で、供養のために建立されていたほこらが約300年ぶりに新調された。14日に関係者が参列して遷宮遷座祭が営まれ、改めて遺志を継承していくことを誓った。
 
 徳武某に関する正確な資料はほとんど残っておらず 諸説あるが、文献などによると、寒川郡富田村大字富田西(現さぬき市大川町) に300年以上前に生まれたとされている。

 当時、地租が高い上に大洪水による不作で苦しんでいた村人のため、時の藩主松平頼常が白鳥神社に参拝する際、久森某と共に地租軽減などを直訴。 藩のおきてに反したとして徳武某らは1681 (天和元)年9月8日に処刑された。 徳武某らの行動によって年貢は減免されたと伝わる。

 徳武神社は、村民がその徳と功績をたたえ徳武某を祭った神社。 近くには久森某を祭った久森神社もある。それぞれの神社には供養のためのほこらがあり、今回、氏子によって新調されたのが徳武神社の三つのほこらだ。

 このうち最も古いものは 18世紀半ばのものという。 昨年10月、関係者が徳武某にゆかりが深いとされる長野市の戸隠神社を訪問した際、長年の風雪で老朽化が進んだほこらを新調する話が持ち上がった。

 遷宮遷座祭には関係者約30人が参列。 真新しいほこらの前で厳かに営まれた神事では、富田神社(さぬき市大川町)の六車博宮司が斎主を務めた。 六車宮司がおはらいや祝詞を奏上するなどした後、参列者が一人一人玉串をささげ、義民・徳武某の遺志を後世につなげていくことを決意した。

 世話人代表を務める十河孝男さん(78)は「式典を終えて改めて徳武某の功績の大きさを感じている。この土地に正義感の強い勇敢な若者がいたことを次世代に伝えていきたい」と意気込んだ。

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死を覚悟しての直訴!!

(´Д⊂)

なんともいたたまれない気持ちになりました。

そしてなんとも不条理な時代だったのかと・・。

そういえばブロ友norizouさんのブログ記事にも、同様の死を覚悟した直訴のお話が書かれていました。
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ということで、今から3週間ほど前の4月8日。

整備をおえたばかりのクロスカブ子ちゃんに乗って、徳武某(なにがし)と久森某を祀る神社を訪ねてみました。

高松市から神社のあるさぬき市に向かいます。

途中、桜並木や・・

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菜の花・・
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降雨の少ない香川県にたくさんあるため池・・
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癒されますね~~.。゚+.(・∀・)゚+.゚

幹線道路からはずれ、住宅街の路地に入り込み・・

とうちゃこ

グーグルマップに載っていなかったら、たどり着けなかったかも。

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小さな古い供養塔(石塔墓)?もありました。こちらが以前から祀られていたものだと思います。
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深く頭を垂れ、手を合わせてきました。


久森某を祀る神社は、ここから500m程離れたところにあるみたいです。

着きましたよ。

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民家と民家の間の奥まったところ。

事前にグ-グルのストリートビューで確認していなかったら、わからずに通りすぎていたことでしょう。(^^;


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祠の横には、何故かワニさんが Σ(・ω・ノ)ノ
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ビックリしました。Σ( ̄ロ ̄|||) 

守護獣、魔除け等のために奉納されたものでしょうか?


神社の片隅に、古い供養塔(石塔墓)も。

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こちらにも手を合わせてきました。


いつまでも語り継がれてほしい場所を訪れることができました。


ー続く-