ブログの更新が滞っていました。(^^;

前回記事の続きです。

非常に貴重な郷土の史跡「筒野の笠仏」をあとにして東進。

この日は4月8日。 まだ桜の季節でした。(・∀・)

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ベンチがあったので、腰かけてコーヒータイム
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のどかえですね~~('▽'*)ニパッ♪

ここから向かったのは・・

着いた

ここは富田茶臼山古墳。

高松から東讃、徳島方面に向かう内陸ルート、旧長尾街道沿いにあります。

今までこの辺に富田茶臼山古墳があるのは知っていました。

そして、この旧長尾街道は何十年前からバンバン通っていて、ここに小高い丘があるのも知っていました。

ただ、あたいのオツムの中で、この小高い丘と富田茶臼山古墳が結びついていませんでした。(^^;

今般、グーグルマップを見ていて・・

「あっ ここが富田茶臼山古墳だったんだ Σヾ( ̄0 ̄;ノ 」

って、なったんですよね~~(^^;

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どこから上がるんだ??

見っけ! (・∀・)

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年数を感じる石階段をあがります。

鳥居をくぐったすぐのところに・・

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なんでしょね

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【西岡の弥勒菩薩】 (さぬき市指定文化財)
この石仏は弥勒菩薩と言い伝えられ、石材は火山の凝灰岩が使用されています。 頭部が欠落している
ため別のものが置かれ、膝も二つに割れていますが、大型であること、法衣が表現されていることから鎌倉時代後期~南北朝(約七〇〇年前)にかけて作ら れたと考えられています。

言い伝えによると約三〇〇年前、この下にある 「通り池」(現在は通池公園になっています)を掘った際、この本尊の石仏が出たのでおまつりされるようになりました。 現在の場所に移される前は、通り池の西に庵がありそこに安置されていました。 その後、現在地に移され地元の方が毎日交代でお世話をされ、今も大切に守られている貴重な石造物です。

さぬき市教育委員会
さぬき市文化財保護協会
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w(゚o゚)w オオー!

なんと700年も前につくられた石仏

な、ななひゃくねんまえですよ  Σ( ̄ロ ̄|||) 

すごい。 この弥勒菩薩様、700年にわたり多くの人々を見守ってこられたんですね。

祠の外にも、時代を感じる石塔?がありました。

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さらに階段をてく・てく。

丘の頂上(主丘-後円部)には・・

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倒れた案内板・・('A`|||)

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む・無残

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史跡 富田茶臼山古墳(とみだちゃうすやまこふん)
(平成五年七月二十六日指定)

富田茶臼山古墳は、五世紀前半に造られた四国最大の前方後円墳です。.

平成元年に行われた確認調査によって、全長は一三九m、後円部の直径九一m・高さ一五.七m、前方部の長さ四八m・幅七七m・高さ十一.八mの大きさであり、四国最大の古墳であることが改めて分かりました。また、墳丘は三段に築かれ、古墳の周囲に周濠がめぐらされて いることも分かりました。さらに墳丘や周濠から円筒 埴輪や形象埴輪などが発見されました。

この古墳の西側も平成五~八年にかけて調査が行われ、三基の陪塚(ばいちょう)が確認されました。 陪塚とは、大型の古墳を主墳とし、それに従属するように同じ時期に計画的にその周囲や隣接地にある小型の古墳です。陪塚の大きさは一辺一四@@@@@あり、三基とも四角い@@@@@た古墳です。

これらのことから富田茶臼古墳は、四国を代表する首長墓であることが分かります。

さぬき市教育委員会
さぬき市文化財保護協会
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(↓みろく池公園駐車場にあった富田茶臼山古墳の案内板)
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【富田茶臼山古墳】

富田茶臼山古墳(とみだちゃうすやまこふん)は、香川県さぬき市大川町富田中(とみだなか)にある古墳。形状は前方後円墳。国の史跡に指定されている。
四国地方では最大規模の古墳で、5世紀前半(古墳時代中期前半)頃の築造と推定される。


<概要>
香川県東部、長尾平野東縁の低丘陵縁部に築造された大型前方後円墳である。 地元では墳丘上の埴輪に由来して「千壺山」とも称される。現在は墳頂に妙見神社が、後円部東側に弥勒菩薩が祀られている。 墳丘北側の一部は県道10号線の建設のため削られているほか、墳丘の一部では開墾・住宅建設による改変を受けているが、その他の部分では概ね良好に遺存する。 これまでに1989年度(平成元年度)に古墳域の、1993-1996年度(平成5-8年度)に周辺域の発掘調査が実施されている。

墳形は前方後円形で、前方部を西方に向ける。 墳丘は3段築成。 墳丘長は139メートルを測るが、これは四国地方で最大規模になり、第2位の規模の渋野丸山古墳(徳島県徳島市、105メートル)に比べても大きく傑出する。 墳丘外表では埴輪(円筒埴輪・朝顔形埴輪・蓋形埴輪・家形埴輪、推計3,000本)のほか、葺石(2段目・3段目のみ)が検出されている。 墳丘周囲には盾形の周濠が巡らされているほか、南側・北側には周庭帯も有し、周濠を含めた古墳の全長は163メートルにも及ぶ。 埋葬施設は不明であるが、明治期に後円部墳頂で土俵を設置しようとした際に石室の天井石が掘り当てられたと伝えられ、竪穴式石室の存在が推測される。 なお、前方部側では陪塚として方墳3基も認められている。

この富田茶臼山古墳は、古墳時代中期前半の5世紀前半頃(一説に5世紀初頭頃)の築造と推定される。讃岐地方の古墳の主丘(円部)の大きさは、古墳時代前期中頃までで直径30-40メートル程度(高松茶臼山古墳・猫塚古墳)であったが、前期後半の快天山古墳(丸亀市)で直径60メートル程度、中期前半の本古墳で直径90メートル程度と大きく飛躍する。 同時に、本古墳に至ると前期古墳の地域色も薄れて畿内色を強めており、ヤマト王権から支援を受けた一方で王権への系列化が進んだ様相を示す。 東讃地域に限ると、古墳時代前期には津田湾周辺における津田古墳群の営造が知られるが、それら古墳群の消滅と呼応して富田茶臼山古墳が出現しており、ヤマト王権と強く結び付いた富田茶臼山古墳の被葬者が東讃地域を基盤として強い勢力を有したことを示唆する。 合わせて、当地は古墳の北側に古代南海道が推定される交通上の要衝になることから、沿岸部の海路(津田湾)から内陸部の陸路(南海道)への意識の移行を見る説も挙げられる。

古墳域は1993年(平成5年)に国の史跡に指定されている。

<遺跡歴>
延享2年(1745年)の『三代物語』に、「茶臼山」として日本武尊の墓に比定する説の記載。
文政11年(1828年)の『全讃史』に、「仁徳帝陵」や「茶臼山」として、「茶臼山城」として記載。
明治期、後円部墳頂での土俵設置の際に石室天井石を確認。
1989年度(平成元年度)、発掘調査(旧大川町教育委員会)。
1993年(平成5年)
7月26日、国の史跡に指定。
12月18日、県営圃場整備事業に伴う試掘調査(旧大川町教育委員会)。
1994年度・1996年度(平成6年度・8年度)、個人住宅建設に先立つ発掘調査(旧大川町教育委員会)。

<墳丘>
墳丘の規模は次の通り。
古墳総長:163メートル - 周濠を含めた全長。
墳丘長:139メートル
後円部 - 3段築成。
直径:90メートル
高さ:15メートル
前方部 - 3段築成。
長さ:49メートル
幅:77メートル
高さ:12.5メートル
くびれ部
幅:56メートル
造出の存在は知られていないが、墳丘くびれ部北側に存在を推測する説がある。

墳丘周囲に巡らされている周濠は、前方部側で幅を狭める盾形の濠(水濠か)で、後円部東側で幅13メートル、その他の部分では同一の幅約20メートルを測る。周濠の外側では、一部に幅15メートルを測る周庭帯が認められる。


『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

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後円部の直径91m。 後円部の平地部分は、その1/3~1/4程度でしょうか? 3段に築かれているので、その大きさがわかりませんでした。(^^;


(後円部からのぞむ前方部)
↓↓↓

鳥居も傾いていて無残・・(^^;
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(前方部から見る後円部)
↓↓↓
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(後円部から見る長尾平野)
↓↓↓

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四国最大規模をほこる富田茶臼山古墳。

身近な場所にありながら、この歳にして初めて訪れました。

グーグルマップを見ていると、あちらこちらに見かける古墳。

いったい香川県にいくつの古墳があるんだ!?

調べてみてビックリ Σ(・ω・ノ)ノ

なんと2252個もあるんだとか。

これは全国159,953個ある古墳のうち、香川県は都道府県別では18番目に多いんだって。w(゚o゚)w オオー!

1位)兵庫県:18,707
2位)鳥取県:13,505
3位)京都府:13,103
4位)千葉県:12,772
5位)岡山県:11,880
6位)広島県:11,334
7位)福岡県:10,759
8位)奈良県:9,663
9位)三重県:7,128
10位)岐阜県:5,218
11位)静岡県:3,837
12位)群馬県:3,504
13位)大阪府:3,428
14位)埼玉県:3,114
15位)愛知県:3,104
16位)長野県:2,808
17位)島根県:2,710
18位)香川県:2,252
19位)石川県:2,107
20位)茨城県:1,840
21位)和歌山県:1,666
22位)熊本県:1,375
23位)愛媛県:1,185
24位)栃木県:1,146
25位)神奈川県:1,117
26位)徳島県:1,077
27位)福島県:1,050
28位)大分県:905
29位)滋賀県:871
30位)宮崎県:834
31位)東京都:814
32位)山梨県:652
33位)新潟県:635
34位)佐賀県:601
35位)福井県:544
36位)山口県:541
37位)鹿児島県:515
38位)宮城県:510
39位)長崎県:471
40位)富山県:232
41位)高知県:229
42位)山形県:141
43位)岩手県:67
44位)沖縄県:2
45位)北海道:0
45位)青森県:0
45位)秋田県:0

(令和3年文化庁調べの数)


ちょっと興味があったので、面積あたりの古墳数を計算してみました。

面積あたりの古墳数(=古墳数 ÷ 面積[km²])で並び替えると、以下の順位になります。
※面積は概数(km²)、古墳密度は「1km²あたりの古墳数」です。


2026-05-13古墳面積密度1-13まで01
2026-05-13古墳面積密度14-27まで02
2026-05-13古墳面積密度28-41まで03
2026-05-13古墳面積密度42-46まで04

特徴的なのは、絶対数では1位の兵庫県よりも、面積が小さい鳥取県・京都府・奈良県のほうが「古墳密度」がかなり高い点です。

特に鳥取県は、1km²あたり約3.85基という非常に高密度になっていますね。( *゚ェ゚))フムフム

皆さんがお住まいの地域の古墳数はどうだったですか? (^_-)-☆