前回記事の続きです。
「みろく自然公園」をあとにして・・
門入ダムを通り過ぎ、山の方にすすんでみましょ
峠道をクネクネ。
「コバノミツバツツジ」って、グーグルさんが教えてくれましたよ。 しらんけど。
峠にでてきました。
目の前に広がる景色
画像ではわかりにくいのですが、山の中にひろがる桜が、とても感動的でした。
この景色を見れただけで、ここまで来た甲斐がありました。.。゚+.(・∀・)゚+.゚
さらに進み・・
とうちゃこ。 ここは女體(にょたい)神社。 鳥居も謂書も木製から石製になって新しくなっていました。
「みろく自然公園」をあとにして・・
門入ダムを通り過ぎ、山の方にすすんでみましょ
峠道をクネクネ。
「コバノミツバツツジ」って、グーグルさんが教えてくれましたよ。 しらんけど。
峠にでてきました。
目の前に広がる景色
画像ではわかりにくいのですが、山の中にひろがる桜が、とても感動的でした。
この景色を見れただけで、ここまで来た甲斐がありました。.。゚+.(・∀・)゚+.゚
さらに進み・・
とうちゃこ。 ここは女體(にょたい)神社。 鳥居も謂書も木製から石製になって新しくなっていました。
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【祭神山名ノ由来】
太古ヨリ祖霊ハ山中ニ篭リ山頂ニナルホド浄マッタ霊ガ棲ムトイフ山中他界トカ水霊信仰ガアリマシタ
寒川町ノ最高峰デアル当山ノ頂(七六九米)ニ祀ラレテイル
女體神社ノ御祭神モ
埴山姫命(ハニヤマヒメノミコト)
水霊ノ神ノ中ノ一柱
治水、治水ノ神
水分神(ミクマリカミ)トモ称セラレテイマス
然シナガラ仏教ノ伝来(六世紀中期)以降ノ霊峰ニモ修験ノ徒ラ含ム密教行者達ガ進出シ、〇藪(トソウ=(行脚))(*注1)ノ修行地ニ変容 為ニ神仏ハ次第ニ習合シマシタ 即チ弘仁七年(八一六)山岳仏教ヲ開イタ弘法大師ガ密教研学ノ場ヲ高野山ニ開設ノ折 ソレ以前ニ ソコニ鎮マル山ノ神ヲ女体 ソレニ仕ヘタ狩人即チ原始宗教者ノ男体 大師自ラヲ法体ト称シ 山頂ニハ女體権現 中腹ニハ神宮寺的性格ノ寺ガ建立サレマシタ 又男体モ次第ニ神格化シ 山王ノ御子トカ夫婦関係ナドト称セラレルヨウニナリマシタ コノ山系ノ中腹ニアル同系ノ大窪寺モソノ前年弘仁六年(八一五)(千ニ百年前)ニ建立サレマシタ 従ッテ コノ女体ト言フ山名モソノ時代ニ命名サレタモノト思料サレマス
(再建之 二〇十六年五月吉日)」
以上 原文のまま。
読みにくいので、漢字+ひらがなで書き起こしました。
↓↓↓
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(*注1)
〇藪(トソウ=(行脚))の〇の字が読みきれませんでした。
前後の文脈と”読み”からすると「踏藪」とするのが自然なのですが、石に刻まれた字とは違いすぎます。
刻まれた字からは「科」もしくは「枓」。
「科」だと「科藪」。 トソウとは読めません。
「枓」。音読みで「シュ」、「 トウ」、「ツ」。
「枓」の方が可能性が高そうです。
さらに調べました。
ということで、石に刻まれた字は(仏教用語で普及している言葉かどうかは別にして)「抖藪」でした。v( ̄∇ ̄)v
それにしてもわかりにくい文体ですね。(^^;
古語にしたいのはまだしも、原文構造がおかしいのでは
(あたいのオツムがポンコツなのかもしれませんが・・)
>「太古ヨリ祖霊ハ山中ニ篭リ山頂ニナルホド浄マッタ霊ガ棲ムトイフ山中他界トカ水霊信仰ガアリマシタ」
「古くから、人が亡くなるとその魂は山へ向かい、山の神となって子孫を見守るという「山中他界」の信仰や、水に宿る霊を敬う「水霊信仰」がありました。」 という事を言いたかったのかな?
この文体では、なかなかそうは読み取れませんが・・
>ソレ以前ニ ソコニ鎮マル山ノ神ヲ女体 ソレニ仕ヘタ狩人即チ原始宗教者ノ男体 大師自ラヲ法体ト称シ 山頂ニハ女體権現 中腹ニハ神宮寺的性格ノ寺ガ建立サレマシタ
「狩人即チ原始宗教者ノ男体」。 狩人=原始宗教者として書かれています。 山岳信仰における山の祭祀者=狩人と位置付けている情報は耳にしたこともありませんし、いろいろ調べてみてもそういう情報は得られませんでした。
「大師自ラヲ法体ト称シ」。「弘法大師が自分を法体と呼んだ」、そんなことはありえなくない??
さて、気を取り直し・・
何度か訪れている場所ですが、ひさしぶりに参拝しときましょ。
階段をてく・てく。 あ~~しんど・・('A`|||)
白いお花がいっぱい。w(゚o゚)w オオー!
グーグルさんが「ハクモクレン」だと教えてくれましたよ。(・∀・)
藪で見晴らしはいまいちですが・・。
小さな祠にお参りしてきました。
この後、さらに山道をクネクネ。
四国霊場結願(けちがん)となる八十八番札所「大窪寺」に出てきました。
せっかくなので、こちらもお詣りしておきましょ。
びんずるさん。
びんずる尊者(賓頭盧尊者)は、お釈迦様の弟子で「十六羅漢」の筆頭に数えられる人物。 神通力(超能力)に優れた「なで仏」として有名。
腰をなでなでして、あたいのポンコツ腰が良くなるようにお願いしました。(^^;
今回のクロスカブで行く東讃地方のミニ・ツーリング。
当地の史跡をいろいろ訪ねました。
新しい事をいろいろ知る事ができました。v( ̄∇ ̄)v
以上 原文のまま。
読みにくいので、漢字+ひらがなで書き起こしました。
↓↓↓
【祭神山名の由来】
太古より祖霊は山中に篭り山頂になるほど浄まった霊が棲むという山中他界とか水霊信仰がありました。
寒川町の最高峰である当山の頂(七六九米)に祀られている。
女體神社の御祭神も
埴山姫命(はにやまひめのみこと)
水霊の神の中の一柱
治水、治水の神
水分神(みくまりかみ)とも称せられています。
然しながら仏教の伝来(六世紀中期)以降の霊峰にも修験の徒ら含む密教行者達が進出し、〇(枓?)藪(とそう=(行脚))の修行地に変容。 為に神仏は次第に習合しました。 即ち弘仁七年(八一六)山岳仏教を開いた弘法大師が密教研学の場を高野山に開設の折、それ以前に、そこに鎮まる山の神を女体、それに仕へた狩人即ち原始宗教者の男体、大師自らを法体と称し、山頂には女體権現、中腹には神宮寺的性格の寺が建立されました。又男体も次第に神格化し、山王の御子とか夫婦関係などと称せられるようになりました。この山系の中腹にある同系の大窪寺もその前年弘仁六年(八一五)(千二百年前)に建立されました。従って、この女体と言ふ山名もその時代に命名されたものと思料されます。
(再建之 二〇十六年五月吉日)
**********************
(*注1)
〇藪(トソウ=(行脚))の〇の字が読みきれませんでした。
前後の文脈と”読み”からすると「踏藪」とするのが自然なのですが、石に刻まれた字とは違いすぎます。
刻まれた字からは「科」もしくは「枓」。
「科」だと「科藪」。 トソウとは読めません。
「枓」。音読みで「シュ」、「 トウ」、「ツ」。
「枓」の方が可能性が高そうです。
さらに調べました。
☆「「斗藪(とそう/とすう)」は、仏教用語で煩悩を払い去り、身心を清浄にする修行を意味する言葉です。主に山野で生活し、衣食住の欲を捨てて苦行に励む「山林斗藪」などとして使われます。
サンスクリット語の「dhūta(ドゥータ)」の訳語である「抖擻(とそう)」が元になっています。」
☆「抖擻」
日本語(仏教用語:とそう)意味: 衣食住への欲望を払い除け、身心を清浄に保つ修行(頭陀)や、雑念を払って精神を集中させることを指します。関連語: 僧侶が難行苦行のために歩き回ることを「抖擻行脚(とそうあんぎゃ)」と呼びます。
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☆「抖擻」
日本語(仏教用語:とそう)意味: 衣食住への欲望を払い除け、身心を清浄に保つ修行(頭陀)や、雑念を払って精神を集中させることを指します。関連語: 僧侶が難行苦行のために歩き回ることを「抖擻行脚(とそうあんぎゃ)」と呼びます。
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「斗藪」と「抖擻」は、同系統の仏教用語として扱われています。
しかし、よく見ると「斗」と「抖」、そして「藪」と「擻」では、本来の意味がまったく異なります。
「抖擻」の場合、
・抖 = ふるう
・擻 = はらう
という意味を持ち、合わせて「煩悩を払い落とす」という意味になります。
つまり、「とそう」という読み(音写)だけでなく、言葉の意味としても理にかなった表記です。
一方の「斗藪」ですが、
・斗 = ます・ひしゃく
・藪 = やぶ
という本来の意味を持つため、「煩悩を払い去り、身心を清浄にする修行」という意味とは直接結びつきません。
しかし、これは誤字というわけではありません。
というのも、仏教用語の多くは、もともとサンスクリット語を漢訳・音写したものだからです。
「煩悩を払い去り、身心を清浄にする修行」を意味する dhūta(ドゥータ)には、以下のような漢訳・音写表記があります。
・抖擻(とそう)
・斗藪(とそう)
・頭陀(ずだ)
・杜多(ずだ/ずた)
このうち「抖擻」は、意味と音写(発音)の両方を兼ねた表記です。
一方、「斗藪」や「頭陀」「杜多」は、主に音写(発音優先)の表記と考えられます。
ちなみに、この石碑に刻まれている「抖藪」という表記は、「抖擻」の意味性と、「斗藪」の音写性が混ざった形とも考えられます。
ということで、石に刻まれた字は(仏教用語で普及している言葉かどうかは別にして)「抖藪」でした。v( ̄∇ ̄)v
それにしてもわかりにくい文体ですね。(^^;
古語にしたいのはまだしも、原文構造がおかしいのでは
>「太古ヨリ祖霊ハ山中ニ篭リ山頂ニナルホド浄マッタ霊ガ棲ムトイフ山中他界トカ水霊信仰ガアリマシタ」
「太古より先祖の霊は、山中にこもり、山頂になるほど清まった霊が住むという山中他界とか、水霊信仰がありました。」
この意味が、パッとわかる人いるのかしら
非常にわかりづらい文面です。 文法が崩れています。 古語どうのこうのの話ではありません。
文面からは「太古より先祖の霊は」が主語として書かれていますが、「~がありました」。では意味が通じません。
まずこの文は、意味からは「古くから先祖の霊は、山中にこもり、山頂になるほど清まった霊の住むという山中他界(の信仰)」と「水に宿る精霊への感謝(水霊信仰)がありました。」という事を言っているのでは・・。
ようは、「山中他界の信仰」と「水霊信仰」がありました。と言っているのではないでしょうか。
また「古くから先祖の霊は、山中にこもり、山頂になるほど清まった霊の住むという山中他界や」の部分も、この文面を作成した本人しか意味がわからないのでは・・。
「古くから、人が亡くなるとその魂は山へ向かい、山の神となって子孫を見守るという「山中他界」の信仰や、水に宿る霊を敬う「水霊信仰」がありました。」 という事を言いたかったのかな?
この文体では、なかなかそうは読み取れませんが・・
>ソレ以前ニ ソコニ鎮マル山ノ神ヲ女体 ソレニ仕ヘタ狩人即チ原始宗教者ノ男体 大師自ラヲ法体ト称シ 山頂ニハ女體権現 中腹ニハ神宮寺的性格ノ寺ガ建立サレマシタ
「狩人即チ原始宗教者ノ男体」。 狩人=原始宗教者として書かれています。 山岳信仰における山の祭祀者=狩人と位置付けている情報は耳にしたこともありませんし、いろいろ調べてみてもそういう情報は得られませんでした。
「大師自ラヲ法体ト称シ」。「弘法大師が自分を法体と呼んだ」、そんなことはありえなくない??
「山岳信仰の世界が、弘法大師によって仏教的体系化が行われて、山頂に女体神社、中腹に神宮寺的性格の寺が建立された。」ということを言いたかったのでしょうか?
この石碑は2017年に作られたもの。
それ以前は山頂の祠の横の木製の説明書きにあったものを、そのまま写したもののようです。
今回、じっくり「由来書」を読み解いて、変なところだらけで呆気にとられてしまいました。
この石碑は2017年に作られたもの。
それ以前は山頂の祠の横の木製の説明書きにあったものを、そのまま写したもののようです。
↓↓↓(2017年3月撮影)
今回、じっくり「由来書」を読み解いて、変なところだらけで呆気にとられてしまいました。
この碑文は、用語知識はあるが、古語として正しいわけではなく独自文法化しているように思えました。
新しく石碑作成した際に、手直しすれば良かったのにと思ってしまいました。Σ(´д`;)さて、気を取り直し・・
何度か訪れている場所ですが、ひさしぶりに参拝しときましょ。
階段をてく・てく。 あ~~しんど・・('A`|||)
白いお花がいっぱい。w(゚o゚)w オオー!
グーグルさんが「ハクモクレン」だと教えてくれましたよ。(・∀・)
藪で見晴らしはいまいちですが・・。
小さな祠にお参りしてきました。
この後、さらに山道をクネクネ。
四国霊場結願(けちがん)となる八十八番札所「大窪寺」に出てきました。
せっかくなので、こちらもお詣りしておきましょ。
びんずるさん。
びんずる尊者(賓頭盧尊者)は、お釈迦様の弟子で「十六羅漢」の筆頭に数えられる人物。 神通力(超能力)に優れた「なで仏」として有名。
腰をなでなでして、あたいのポンコツ腰が良くなるようにお願いしました。(^^;
今回のクロスカブで行く東讃地方のミニ・ツーリング。
当地の史跡をいろいろ訪ねました。
新しい事をいろいろ知る事ができました。v( ̄∇ ̄)v

























賓頭盧尊者、びんずるさまは自身の身体の具合が悪いところをびんずるさまの同じトコを触って自身に再度スリスリすると良くなるようです🤔…私めはびんずるさまの頭を触り、自身のハゲ防止に頭をスリスリしております酔う😊
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