前日記事の続きです。

美味しい讃岐ラーメンでお腹を満たし、クロスカブ子ちゃんで移動

着いたあ。(・∀・)

s2026-04-27DSC_3413

s2026-04-27DSC_3406

クロスカブ子ちゃんの後方に2段に盛り上がっている丘が・・

盛土山古墳

s2026-04-27DSC_3411


【香川県指定史跡 盛土山(もりつちやま)古墳】
丸亀平野西端部の天霧山麓にある仲多度郡多度津町奥白方に造られた古墳時代中期、 5世紀末頃の古墳 (円墳) である。

墳丘規模は現況で墳丘直径約40m、2重周溝を含む最大範径は約75mあり、香川県内で平野部に造られた最大級の円墳である。墳丘構造は二段築成。 埋葬施設は箱式石棺ではないかと考えられる。円筒埴輪・形象埴輪 (キヌガサ形,器財形)・鉄製品 (鉄刀,鉄鏃)・須恵器・銅鏡・銅鈴・管玉・勾玉・トンボ玉などを出土している。 中でも大正4年に出土した勾玉は長さ 6.7cmの日本最大級のものとされている。 またトンボ玉はいわゆるモザイク玉と呼ばれるタイプで、ペルシャなどからの輸入品であると考えられる。 同様のものは仲多度郡まんのう町にある安造田東3号墳からも出土しており、これらはこの地域の有力者が独自に海外との交流を持っていたこと、あるいは海外との交流を持っていた畿内勢力との強力な関係性がうかがえる資料である。

盛土山古墳は白方地区を流れる弘田川沿いにある。 この地区には多くの古墳が点在しているが、中でも前期古墳である御盥山古墳は瀬戸内海を行き来する人々に目に留まるように造られていたと考えられるが、盛土山古墳は、弘田川近くに造られており、川を利用する人々、たとえば北部九州や畿内等と交易を行っていた上流部の善通寺市付近の勢力などを意識しているのではないかと考えられる。それを証する理由の一つとして、現在河口は1km程度北に所在するが、かつては盛土山古墳付近に所在したと考えられ、河口の所在したであろう港等の存在に深く関与した勢力があったと考えられるからである。 そのため盛土山古墳はそこを管理する勢力及び被葬者の威容を示すために築造された古墳ではないかと考えられる。

昭和51年6月29日指定
多度津町教育委員会
香川県教育委員会


日本最大級の勾玉が出土したのには驚きです。w(゚o゚)w オオー!

そして、この盛土山古墳の南方のまんのう町(当時:満濃町)にある安造田(あそだ)東3号墳からもペルシャで作られた<モザイク玉>が出土したこと。 

興味が湧いてきました。

安造田(あそだ)東3号墳から出土したモザイク玉を調べると、「国内唯一のペルシャ製のモザイク玉」と説明されています。

わかりやすく説明されているユーチューブ画像(KSB制作のニュース)も発見しました。
是非ご覧になってください。↓↓↓



ここで疑問がわきました。

安造田(あそだ)東3号墳のペルシャ製モザイク玉は、国内唯一。

だとしたら、ここ盛土山古墳のモザイクタイプの蜻蛉玉は、どうなるんだろう? 

矛盾します。


ここから、<安造田東3号墳>と<盛土山古墳>の蜻蛉玉(モザイク玉)について、何日もかけて調べることになってしまいました。(^^;

以下、興味があればお読みください。


【香川県が誇る二つのモザイクガラス玉】
~盛土山古墳と安造田東3号墳を比較して考える~

香川県には、古墳時代の国際交流を物語る極めて貴重なガラス玉が二例存在します。

一つは多度津町の盛土山古墳から出土した蜻蛉玉(とんぼだま)。

もう一つは、まんのう町の安造田東3号墳から出土したモザイクガラス玉です。

私は当初、盛土山古墳の説明板に書かれている「トンボ玉はいわゆるモザイク玉と呼ばれるタイプで、ペルシャなどからの輸入品であると考えられる。同様のものは安造田東3号墳からも出土している。」
という説明から、「両者はほぼ同じ種類の玉なのだろう」と考えていました。

しかし資料を調べていくと、両者は共通点を持ちながらも、研究状況や評価のされ方に大きな違いがあることがわかってきました。


1.安造田東3号墳のモザイクガラス玉

安造田東3号墳は、1990年の発掘調査によって発見されました。

出土したモザイクガラス玉は、その複雑な構造から発見当初より大きな注目を集めたようです。

安造田東3号古墳モザイク玉01
(画像は前述のKSBニュース=ユーチューブ動画から)

2026-06-23まんのう町リーフレット画像00安造田東3号古墳モザイク玉
(まんのう町HP>まんのう町の文化財から引用)

その後、奈良文化財研究所による自然科学的調査が実施され、X線CT撮影、蛍光X線分析、X線回折分析などによる詳細な研究が行われました。

その結果、
「モザイク棒を作る」
「それを引き伸ばす」
「切断して玉を成形する」

という高度なモザイクガラス技法によって製作されていることが判明しました。


さらにガラス組成を分析した結果、
・西アジア系の製作技術
・ササン系植物灰ガラス
であることが判明しました。

研究者は、「西アジア(ササン朝ペルシャ領域)が生産地の第一候補」と結論づけています。

また、「現在のところ、安造田東3号墳以外に、西アジアの高い技術で製作されたモザイク玉が出土した例はない」とも報告しています。


(参照及び引用文献)


奈良文化財研究所「香川県安造田東3号墳出土 モザイク玉の材質・構造調査」


ここで重要なのは、「国内唯一」と言われる理由が、単にモザイク玉だからではないという点です。

安造田東3号墳の価値は、「国内唯一のモザイク玉」ではなく、自然科学的調査によって西アジア(ササン朝ペルシャ領域)との関係が強く示された点にあります。

盛土山古墳や追戸横穴墓からもモザイク玉は出土しています。 しかし、現時点で自然科学的調査によって西アジア(ササン朝ペルシャ領域)との強い関連性が示されているのは安造田東3号墳のみであり、そのため、「国内唯一」と評価されているのではないかと思われます。


2.盛土山古墳の蜻蛉玉

一方、盛土山古墳出土の蜻蛉玉は現在東京国立博物館に所蔵されているようです。

文化遺産オンラインでは、「大型の玉を地として、異なる色の小玉を象嵌したガラス玉」と説明されています。 また、「同心円文様をもつ蜻蛉玉はメソポタミアやエジプトに由来し、本作品も東南アジアに類例がある」とも紹介されています。

2026-06-22盛土山古墳蜻蛉玉01

2026-06-22盛土山古墳蜻蛉玉02

(参照)
↓↓↓
文化遺産オンライン_盛土山古墳の蜻蛉玉


しかし私が調査した限りでは、この玉について安造田東3号墳のような科学分析結果は公表されていませんでした。

盛土山古墳の出土は大正4年(1915年)頃とされています。

当時はガラス分析技術が未発達であり、現在のようなCT撮影や元素分析は存在していませんでした。

そのため、ガラス組成、製作技法、原産地等については、いまだに不明なようです。


2-1)「モザイク玉ではない」のではなく「未解明」なのではないか!?

今回の調べを進めていくうえで、最も印象が変わったのはここです。

私は当初、「安造田東3号墳が国内唯一のモザイク玉だとしたら、盛土山古墳の玉は本当にモザイク玉なのだろうか」という疑問を持っていました。

しかし、まんのう町教育委員会のリーフレットには、「国内では他に、多度津町盛土山古墳、宮城県涌谷町追戸横穴墓よりモザイクガラス玉が出土しています。」とはっきり記されていました。

つまり、研究者や行政側は盛土山古墳出土玉をモザイクガラス玉と認識しているのです。

だとしたら、問題は「それがどこで作られたものか」、「どのような技法で作られたものか」が未解明だという点にあります。


2-2)「象嵌」という説明への疑問
文化遺産オンラインでは、「異なる色の小玉を象嵌した」と説明されています。

しかし実物写真を観察すると、盛土山古墳の玉には少なくとも二種類の目玉文様が確認できます。

<第一の文様>
薄青 → 白 → 青 → 白 → 青

<第二の文様>
薄黄 → 赤 → 白 → 青

しかもこれらが玉全体に繰り返し配置されています。

もし本当に一つ一つ象嵌によって作られたのであれば、極めて高度で手間のかかる作業となるはずです。

2-3)ヴェネチアン・ミルフィオリとの類似
私は調べを進めていく過程で、ヴェネチアのミルフィオリ(millefiori)ビーズに注目しました。

ミルフィオリとは、①複数色のガラス棒を組み合わせて文様を作り、②それを引き伸ばし、③切断することで同一文様を大量に作り出す技法です。

実際にミルフィオリビーズを見ると、盛土山古墳の目玉文様と驚くほどよく似ています。

さらに、
・同じ文様が反復する
・文様が均質である
・多層構造の目玉文様を持つ
という特徴も共通しています。

そのため私は、盛土山古墳の玉もモザイク棒技法によって製作された可能性が十分にあると考えるようになりました。

もちろん現時点では科学的な裏付けはありません。

しかし少なくとも、「単純な象嵌だけで説明できるのだろうか」という疑問は残りました。

(補足)
盛土山古墳出土の蜻蛉玉は、ヴェネチアン・ミルフィオリを思わせる多層の目玉文様を有しています。ミルフィオリはモザイクガラス技法の一種であり、複数色のガラス棒を組み合わせて文様を形成する技法として知られます。盛土山古墳の玉について同様の技法が用いられているかは未解明ですが、その外観には共通点があるように思えます。


3.盛土山古墳の玉は再評価される可能性がある

現在のところ、

安造田東3号墳のモザイク玉は、
・CT分析済み
・化学分析済み
・ササン朝ペルシャ系ガラスと推定

という明確な研究成果を持っています。

一方、盛土山古墳の玉は、
・モザイク玉として認識されている
・科学分析結果が見当たらない
・原産地も不明

という状況です。

つまり、両者の差は「資料の価値の差」ではなく、「研究の進展度の差」である可能性があります。



おわりに

現在の研究では、安造田東3号墳のモザイク玉が「西アジア産であることが科学的に示された国内唯一級の資料」であることは間違いなさそうです。

しかし一方で、盛土山古墳のモザイクガラス玉は、その正体が十分解明されていません。

もし将来、CT撮影、蛍光X線分析、ガラス組成分析などが実施されれば、その評価は大きく変わる可能性があると信じています。


私は今回の調査を通じて、「安造田東3号墳の玉が国内唯一の重要資料」という認識から、「盛土山古墳の玉もまた、同等あるいはそれ以上の可能性を秘めた未解明の資料ではないか」という考えを持つようになりました。

今後の研究によって、その真価が明らかになる日を期待します。