前回記事の続きです。

静御前ゆかりの地ということで・・・

とうちゃこ(・◇・)ゞ

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 香川県さぬき市長尾にある四国霊場第八十七番札所 長尾寺。.

山門をくぐると・・

立派なクスノキ

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正面中央が本殿。向かって右側に大師堂。左側は護摩堂です。
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本殿からお参りします。
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よ~く見ると・・

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葵の紋!

鬼瓦や桟唐戸に刻まれた葵紋に目を向けると、この寺が江戸時代、高松藩主松平家と深い関わりを持っていたことが分かります。

長尾寺は、初代藩主・松平頼重をはじめ歴代藩主の庇護を受け、松平家の祈願寺となりました。そのため、境内には松平家ゆかりの葵紋が随所に用いられています。


右側の大師堂。

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屋根の四隅の隅棟の先端や、大棟中央の相輪の頂部には火炎宝珠が据えられ、堂宇に重厚で格調高い印象を与えています。

大師堂の前には・・

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容姿から判断するに、びんづる尊者(賓頭盧尊者)でしょうか。

びんずる尊者はお釈迦様の弟子である十六羅漢の一人で、「なで仏」として広く信仰されています。自分の患部と同じ場所をなでると病気平癒の御利益があるとされ、多くの参拝者が手を合わせています。


本殿の左側(西側)は、護摩堂。

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さらに左奥に・・

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石像が祀られていて、竿石部の正面には「興亜地蔵尊」の文字が刻まれていました。

「興亜」は昭和初期から戦中にかけて広く用いられた言葉で、戦没者の慰霊や平和への祈りを込めて建立された地蔵尊であると考えられます。


この横にひっそりあったのが・・

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【静御前 剃髪塚】
Shizuka no Teihatsuzuka
(Memorial to Shizuka Gozen)

平安時代の武将 源義経が愛したとされる静御前。

静は舞の名人であった母 磯禅師から舞を教わり、宮中で雨乞いの舞を披露した際に後白河天皇より“日本一の舞姫”と賞賛される。

母 磯禅師が東かがわ市小磯の生まれだった縁から静が晩年過ごしたとされる旧長尾町や三木町には史跡が数多くあり、その中の一つがこの「剃髪塚」。

静は奈良・吉野の山中で義経と別れた後、京へと帰ったが義経恋しさのあまり病気を患い、郷愁を感じていた母と共に讃岐の地へ帰ることとなる。

母と共に信仰の旅へと出た静は長尾寺へと辿り着き、住職の宥意和尚から「いろはうた」などにより世の無常さを論され、二人は得度した。静は宥意和尚の一文字をもらい「宥心尼(ゆうしんに)」、母は「磯禅尼(いそのぜんに)」となった。

その際に落とした静御前の髪が剃髪塚に納められているとされる。

さぬき市観光協会


花立には、静御前に似合うきれいなお花が供えられていました。

静御前をしのんで、さらに次の目的地に向かいますが、その前に・・


-続く-

2026-07-24静御前剃髪01