静御前ゆかりの地巡り。 次にやってきたのは・・

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【真宗大谷派 塚脇山頓乗院 願勝寺】
香川県木田郡三木町下高岡169

石塔側面には「源光坊創建静御前菩提所」と刻まれています。

讃岐国の守護職でもあった佐々木盛綱が、源頼朝と源義経の対立や度重なる戦いに嫌気がさして出家し、出家後に源光坊と名乗るようになりました。

その源光坊が、悲運の女性・静御前の菩提(ぼだい)を弔うために建立したのが、願勝寺の始まりと伝えられています。


山門をくぐり広い境内に。

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向かって右側(北側)に鐘楼と梵鐘があります。

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風化してわかりづらくなっていますが、梵鐘に<鶴岡八幡宮社前での白拍子の舞>が描かれていました。

静御前とは↓↓↓





正面には・・

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佐々木氏建立之静御前菩提所
親鸞聖人御真骨二十四輩所

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こちらも風化して見えづらいですが、親鸞聖人の得度の際の絵が描かれていました。

親鸞聖人御真骨二十四輩所。

「二十四輩所」とは、浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の高弟24人、あるいはその高弟を開基とする寺院群を意味する真宗の固有名詞です。真宗教団連合が紹介する関東、東北地方の二十四輩寺院の中に、願勝寺の名は確認できませんでした。

このため、梵鐘に刻まれた「親鸞聖人御真骨二十四輩所」は、梵鐘鋳造当時に願勝寺に伝えられていた寺伝や由緒をもとに刻まれたものである可能性があります。

また、現時点では、この銘文以外に願勝寺と親鸞聖人の御真骨との関係を示す資料は確認できていません。


鐘楼の隣に「旧本堂 鬼瓦」。
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本殿の南側に・・

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「宝池出土墓石」。

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「昔から宝池に静御前の墓石が埋められているという伝承があり、この石の発見で裏付けられた。」

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「宝池は当寺の南東にある古代からの池」

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「平成十六年に宝池改修工事で発見された墓石の一部」

この隣にあった石碑です。

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「願勝寺堂宇改築碑  ・・・  大正七年 戊午(つちのえうま) 八月」

風化が進み文字の判読が厳しいこともあり、字起こしは断念します。

そして「静御前のお墓」。


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「願勝寺は初代佐々木三郎盛綱によって静御前の菩提を弔うために建立された」

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「静御前は母の磯禅師と共に当地で生涯を終えたと伝えられている」

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静御前はその最期が明らかでないため、全国各地に「静御前の墓」と伝えられる場所が残っています。

代表的なものとして、埼玉県久喜市(栗橋)、兵庫県淡路市(静の里公園)、新潟県長岡市栃堀などが知られています。

願勝寺(香川県三木町)の墓所もその一つであり、佐々木盛綱の開基伝承や静御前の菩提寺という寺伝と結び付いて今日まで伝えられています。


願勝寺をあとにして、さらに静御前ゆかりの地を訪れます。