Michiruブログ

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広島県津々浦々

【再掲】「ヒロシマ VOL5 今」、「ヒロシマ VOL6 平和への祈り」

2011年5月18日/5月20日 yahooブログ時代にアップした記事の再掲です。

2011年2月に2回、広島の原爆ドームを訪れました。

この時の画像(vol1~vol6)をアップしています。



広島への原爆投下。
 
魔の惨状から、まだたった66年しか経っていません(*←2011年時点)。
 
実際におこったこと。 それも天災でない人間のおこなったこと・・・。
 
何を感じ、何をすべきか・・・。
 
平和で安全な世の中であって欲しいと、切に思います・・・。
 
 
今回は、 「ヒロシマ VOL5 今」、「ヒロシマ VOL6 平和への祈り」です。
 
前回までにUPしましたVOL1~VOL4もあわせてご覧ください。

VOL1「悪魔の閃光」
(旧)http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/23831422.html

VOL2~VOL4「破壊」
(新)https://michiru.dreamlog.jp/archives/39074799.html


アジアにおける欧米列国の植民地支配の開放をうたい、大東亜共栄圏の名のもとに、アジア諸国へ侵攻した日本。
 
 開戦当初こそ、勢いはよかったものの、1942年のミッドウエイ海戦で大敗をきしてからというもの、翌43年 ガダルカナル撤退。 44年、レイテ沖海戦の大敗と、アジアの拠点をことごとくなくし、撤退の一途をたどる。
 
45年 ついに硫黄島において日本軍玉砕。 沖縄においても悲惨な殺戮が行われ・・・。
  
同年7月26日 アメリカ、イギリス、中国より日本の無条件降伏を求めるポツダム宣言発表。
 
8月6日 マリアナ諸島テニアン島から出撃したB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」号が、広島上空にいた。
  
午前8時15分17秒  エノラ・ゲイ号から悪魔が放たれた。

エノラ・ゲイ号から原爆リトルボーイが投下され、相生橋よりやや東南の島病院付近高度約600メートルの上空で核分裂爆発を起こした。
 
爆心地500m圏内では閃光と衝撃波が殆ど同時に襲った。巨大な爆風圧が建築物の大半を一瞬にして破壊した。 木造建築は全数が全壊した。 鉄筋コンクリート建築である産業奨励館は垂直方向の衝撃波を受けて天蓋部は鉄骨を残して消失、一部の外壁を残して大破した。 相生橋や元安橋の石の欄干も爆風で飛ばされた。
 
また強力な熱線により屋外にいた人は、内臓組織に至るまで全身の水分が蒸発・炭化した遺体が道路などに大量に残された。
 
爆心地を通過していた路面電車は炎上したまま遺骸を乗せて、慣性力で暫く走り続けた。  吊革を手で持った形のままの人や、運転台でマスター・コントローラーを握ったまま死んだ女性運転士もいた。
  
これは実戦で使われた世界最初の核兵器である。
 
この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡したとされる。

太平洋戦争(当時の日本では大東亜戦争、アメリカでは第二次世界大戦太平洋戦線)における日本本土での直接戦(本土決戦)を避け、早期に決着させるために原子爆弾が使用されたという説(アメリカ政府公式説)と、第二次世界大戦後の世界覇権を狙うアメリカが、原子爆弾を実戦使用することによりその国力・軍事力を世界に誇示、併せてその放射線障害の人体実験を行うためであったという説、また当時の日本軍のアジア支配への報復的措置として原子爆弾が投下されたという説がある。
 
(引用元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)


原爆投下から66年経った今(*2011年時点)、このあたりも当時から様変わりしています。
 
当時をそのまま残した原爆ドームも老朽化がすすんでいるそうです。
 
この忌まわしい出来事と、戦争の悲惨さを後世に伝えるためにも、なんとかこの建物が存続してもらいたいものです。
 
  
平和な今。
 
この平和を守る為に、悲惨な歴史を絶対繰り返してはいけません・・・。
 
悲惨な歴史を直視し、戦争の恐ろしさ、無意味さを知り、平和であり続けるよう祈り、行動したいと思います。



「ヒロシマ VOL5  今」(2011/5/18)

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(Photo: 2011.2.19+ 2.25  広島市原爆ドーム)
Camera: CANON  F-1
Lens    : CANON   FD50mm  f/1.4  + シグマ 100-200mm 1:4.5
Film    : Kodak  T-max100 



「ヒロシマ VOL6 平和への祈り」(2011/5/20)

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(Photo: 2011.2.19+ 2.25  広島市原爆ドーム)
Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ
Lens   :CANON EF28-70mm  f/2.8L USM




2011/5/18 「ヒロシマ VOL5  今」↓



2011/5/20 「ヒロシマ VOL6  平和への祈り」↓




【再掲】ヒロシマ VOL2,VOL3,VOL4  破壊Ⅰ,Ⅱ,Ⅲ

2011年5月1日/5月6日/5月12日 yahooブログ時代にアップした記事の再掲です。

2011年2月に2回、広島の原爆ドームを訪れました。

この時の画像(vol1~vol6)をアップしています。



広島への原爆投下。
 
魔の惨状から、まだたった66年しか経っていません(*←2011年時点)。
 
実際におこったこと。 それも天災でない人間のおこなったこと・・・。
 
何を感じ、何をすべきか・・・。
 
平和で安全な世の中であって欲しいと、切に思います・・・。
 
 
今回は、 「ヒロシマ VOL2  破壊Ⅰ」、「ヒロシマ VOL3  破壊Ⅱ」、「ヒロシマ VOL3  破壊Ⅲ」 です。
 
前回UPしました 「ヒロシマ VOL1 悪魔の閃光」 もあわせてご覧ください。
(旧)http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/23831422.html

アジアにおける欧米列国の植民地支配の開放をうたい、大東亜共栄圏の名のもとに、アジア諸国へ侵攻した日本。
 
 開戦当初こそ、勢いはよかったものの、1942年のミッドウエイ海戦で大敗をきしてからというもの、翌43年 ガダルカナル撤退。 44年、レイテ沖海戦の大敗と、アジアの拠点をことごとくなくし、撤退の一途をたどる。
 
45年 ついに硫黄島において日本軍玉砕。 沖縄においても悲惨な殺戮が行われ・・・。
  
同年7月26日 アメリカ、イギリス、中国より日本の無条件降伏を求めるポツダム宣言発表。
 
8月6日 マリアナ諸島テニアン島から出撃したB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」号が、広島上空にいた。
  
午前8時15分17秒  エノラ・ゲイ号から悪魔が放たれた。

エノラ・ゲイ号から原爆リトルボーイが投下され、相生橋よりやや東南の島病院付近高度約600メートルの上空で核分裂爆発を起こした。
 
爆心地500m圏内では閃光と衝撃波が殆ど同時に襲った。巨大な爆風圧が建築物の大半を一瞬にして破壊した。 木造建築は全数が全壊した。 鉄筋コンクリート建築である産業奨励館は垂直方向の衝撃波を受けて天蓋部は鉄骨を残して消失、一部の外壁を残して大破した。 相生橋や元安橋の石の欄干も爆風で飛ばされた。
 
また強力な熱線により屋外にいた人は、内臓組織に至るまで全身の水分が蒸発・炭化した遺体が道路などに大量に残された。
 
爆心地を通過していた路面電車は炎上したまま遺骸を乗せて、慣性力で暫く走り続けた。  吊革を手で持った形のままの人や、運転台でマスター・コントローラーを握ったまま死んだ女性運転士もいた。
  
これは実戦で使われた世界最初の核兵器である。
 
この一発の兵器により当時の広島市の人口35万人(推定)のうち約14万人が死亡したとされる。

太平洋戦争(当時の日本では大東亜戦争、アメリカでは第二次世界大戦太平洋戦線)における日本本土での直接戦(本土決戦)を避け、早期に決着させるために原子爆弾が使用されたという説(アメリカ政府公式説)と、第二次世界大戦後の世界覇権を狙うアメリカが、原子爆弾を実戦使用することによりその国力・軍事力を世界に誇示、併せてその放射線障害の人体実験を行うためであったという説、また当時の日本軍のアジア支配への報復的措置として原子爆弾が投下されたという説がある。
 
(引用元:フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)



「ヒロシマ VOL2  破壊Ⅰ」(2011/5/1)

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ヒロシマ VOL3  破壊Ⅱ」(2011/5/6)

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「ヒロシマ VOL3  破壊Ⅲ」

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(Photo: 2011.2.19+ 2.25  広島市原爆ドーム)
Camera: CANON  F-1
Lens   : CANON   FD50mm  f/1.4  + シグマ 100-200mm 1:4.5
Film    : Kodak  T-max100 ) 


2011/5/1
「ヒロシマ VOL2  破壊Ⅰ」



2011/5/6
「ヒロシマ VOL3  破壊Ⅱ」


2011/5/12
「ヒロシマ VOL4  破壊Ⅲ」





【再掲】ヒロシマ vol1 「悪魔の閃光」

2011年4月28日 yahooブログ時代にアップした記事の再掲です。

2011年2月に2回、広島の原爆ドームを訪れました。

この時の画像を6回(vol1~vol6)に分けてアップいたします。



アジアにおける欧米列国の植民地支配の開放をうたい、大東亜共栄圏の名のもとに、アジア諸国へ侵攻した日本。
 
 開戦当初こそ、勢いはよかったものの、1942年のミッドウエイ海戦で大敗をきしてからというもの、翌43年 ガダルカナル撤退。 44年、レイテ沖海戦の大敗と、アジアの拠点をことごとくなくし、撤退の一途をたどる。
 
45年 ついに硫黄島において日本軍玉砕。 沖縄においても悲惨な殺戮が行われ・・・。
  
同年7月26日 アメリカ、イギリス、中国より日本の無条件降伏を求めるポツダム宣言発表。
 
8月6日 マリアナ諸島テニアン島から出撃したB-29爆撃機「エノラ・ゲイ」号が、広島上空にいた。
  
午前8時15分  エノラ・ゲイ号から悪魔が放たれた。

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(Photo: 2011.2.19+ 2.25  広島市原爆ドーム)
 
<1~2枚目>
    Camera: CANON  F-1
  Lens    : CANON   FD50mm  f/1.4
   Film    : Kodak  T-max100  
 
<3~4枚目>
    Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ
   Lens   :CANON EF28-70mm  f/2.8L USM)
 

2011/4/28↓


呉 「アレイからすこじま」と「海軍カレー」

先週は、沖縄から熊本に出張でした。
 
数年ぶりの熊本、馬肉専門店でいただいた馬刺しが最高でした~~ 
 
 
 
さて、最近引っ越してきた沖縄。
 
住まいは那覇市の中心部ということもあり、半径2~300の近さに居酒屋さんが何軒もあります。
 
昨日はジムのプールで泳いだあと、初めていく居酒屋さんに・・・。
 
 
当然、泡盛をキープしました。
 
これでキープしている居酒屋さんは、3軒目になりました
 
 
那覇市内の居酒屋さんの多くは、pm5時~7時の間は、生ビールが1杯 200円前後で飲めます。
 
安いところでは1杯 100円のところも・・。  発泡酒とはいえ、お徳です~~ 
 
 
 
 
ここのところ随分とブログをお休みしていました。
 
よ~~く考えると、写真がたまりにたまってます。
 
4月中旬の尾道、呉 旅行の写真も残っています。
 
この真夏に4月の記事も恥ずかしいですが、おつきあいくださいませ 
 
 
 
高松を出発し、愛媛県今治(いまばり)から、しまなみ海道を渡り、尾道、呉へとお出かけしてきました。
 
初日は超美味しい「今治の焼鳥」を堪能し、2日目はしまなみ海道を渡り、尾道に到着。
 
尾道では、尾道の市街地や尾道水道を一望できる千光寺公園に向かいました。
 
ここは桜の名所でもあるようで、若干散りかけている時期ではありましたが、大勢のお花見客で賑わっ
 
ていました。
 
このあと、「尾道ラーメン」を食べて、一路 呉に。
 
呉の夜は、ゆる~い空気の漂う屋台で一杯♪
 
3日目は、呉港、そして潜水艦を間近に見れる「アレイからすこじま」に行ってきました。
 
 
 
今回は、「アレイからすこじま」の写真です。
 
 
今治の焼鳥 「よりみち」

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24104184.html
 
尾道 千光寺公園と千光寺 vol1

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24195612.html
 
尾道 千光寺公園と千光寺 vol2

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24294365.html
 
尾道ラーメン 「つたふじ」

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24324516.html

尾道 千光寺公園と千光寺 vol3

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24338936.html
 
呉港
 
呉の屋台 「龍王」さん
 
 
 
「アレイからすこじま」は、 国内で唯一、潜水艦を間近で見ることができる公園で、海上自衛隊の潜水
 
艦と護衛艦がイカリを下ろしています。  ここはその昔、呉が海軍の本拠地だったことを偲ばせるエリア
 
です。  周りは旧海軍工廠のレンガ建造物が並ぶレトロな雰囲気で、戦艦・大和も近くのドックで極秘
 
に建造されたようです。   ここには 旧海軍の魚雷積載用のクレーンもモニュメントとして設置されてい
 
ました。
 
 
 
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*横サイズの画像は、画像右下の「+」をクリックすると拡大します。


(Photo: 2011.4.17  広島県呉市  「アレイからすこじま」
 
1枚目
    Camera: ヤシカ エレクトロ35GX
    Film  : FUJIFILM NEOPAN400 PRESTO )
 
<自分の為の現像データメモ>
1.前浴:ドライウエル希釈 30s
2.現像:スーパープロドール(1回目) 20℃-4m15s
3.停止:富士酢酸 30s
4.定着:スーパーフジフィックス 9m30s
5.予備水洗:30s
6.水洗促進浴:富士QW 1m
7.本水洗 5m
8.水切 ドライウエル 30s
 
2~3枚目
Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ
Lens  :CANON EF70-200mm f/4L IS USM +1.4x
Lens  :CANON EF17-40mm f/4L  USM
 
 
 
<追 記>
 
この日のランチもUPしま~~す♪
 
この日は、大和ミュージアム横にあったレストランへ。
 
「海軍カレー」をいただきました。
 
このお店の「海軍カレー」には、鯨フライがのっかっていましたよ~~ 
 
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呉港

先週、沖縄~博多に出張したばかりですが、今週も木曜日から博多に出張で昨夜 高松に帰ってきま
 
した。
 
 
 
博多の夜は、白金にある「西亭」でなかなか美味しいお料理をいただきましたが、写真はありません
 
 
6月は出張やら、引越し? やらで、かなり忙しくなりそう・・・ 
 
 
 
最近、忙しすぎて 皆様のブログにもなかなかお邪魔できていません。
 
ごめんなさい  
 
 
 
 
 
 
1ケ月前の4月中旬の尾道、呉 旅行の続きです。
 
高松を出発し、愛媛県今治(いまばり)から、しまなみ海道を渡り、尾道、呉へとお出かけしてきました。
 
 
 
初日は超美味しい「今治の焼鳥」を堪能し、2日目はしまなみ海道を渡り、尾道に到着。
 
尾道では、尾道の市街地や尾道水道を一望できる千光寺公園に向かいました。
 
 
 
ここは桜の名所でもあるようで、若干散りかけている時期ではありましたが、大勢のお花見客で賑わっ
 
ていました。
 
  
このあと、「尾道ラーメン」を食べて、一路 呉に向かいました 
 
 
 
 
今治の焼鳥 「よりみち」

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24104184.html
 
 
 尾道 千光寺公園と千光寺 vol1

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24195612.html
 
 
尾道 千光寺公園と千光寺 vol2

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24294365.html
 
 
尾道ラーメン 「つたふじ」

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24324516.html
 

尾道 千光寺公園と千光寺 vol3

http://blogs.yahoo.co.jp/michiru_photo/24338936.html
 
 
 
さて、尾道をあとにして、広島県西南部に位置する呉にやってきました。
 
呉は、帝国海軍そして現代の海上自衛隊の拠点として有名なところです。
 
旅行3日目は、1/10のスケールで再現した戦艦大和のある大和ミュージアムにお出かけしました。
 
 
 
今回は、大和ミュージアムすぐ隣の呉港の写真をupします。
 
白黒のフィルム写真は、35年近く前のレンジ・ファインダーカメラで。
 
カラーの写真は、デジイチで。
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
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*横サイズの画像は、画像右下の「+」をクリックすると拡大します。
 
 
(Photo: 2011.4.17  広島県呉市  呉港
 
3枚目
       Camera: CANON EOS 5DMarkⅡ
      Lens   :CANON  EF17-40mm f/4L  USM
 
1~2枚目
    Camera: ヤシカ エレクトロ35GX
     Film    : FUJIFILM NEOPAN400 PRESTO )
  
 
<自分の為の現像データメモ>
1.前浴:ドライウエル希釈 30s
2.現像:スーパープロドール(1回目) 20℃-4m15s
3.停止:富士酢酸 30s
4.定着:スーパーフジフィックス 9m30s
5.予備水洗:30s
6.水洗促進浴:富士QW 1m
7.本水洗 5m
8.水切 ドライウエル 30s
 

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