Michiruブログ

バイク、ツーリング他 グルメ、日常生活などをつれづれに・・・(^^)

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バイクでお出かけ(四国)

猛暑日のバイク・ツー ('A`|||)

先週までは梅雨で雨降りばかり・・・

週が明けたと思ったら、いきなりの猛暑 ('A`|||)

とはいえ、それまでバイクに乗れていなかったので 週明けの19日、ダブ子ちゃんでお出かけしてきましたよ~~ v( ̄∇ ̄)v


走行前に・・・。

前回走行時にちょっとミッションの入りが気になったので、オイル量のチェック。

LOWレベルをちょっとだけ下回っていました(^^;

いつもオイルはアッパーレベルまで入れず、アッパーレベルとLOWレベルの中間ぐらいしか入れないので、たまに確認しないと こういう事になってしまいまんねやわ Σ(´д`;)

いつもの ヤマルーブ プレミアムシンセティックを補充。


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ついでにチェーンにも注油。

ワコーズのチェーンルブ、やっぱ使いやすいなあ (^∀^)

お値段が高いのが玉に瑕。

なのでダブ子ちゃん以外は、クレのスーパーチェーンルブです (^^; 

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ダブ子ちゃん、今年中には1万km超えるかな!?

この日も うどん県から山越してすだち県に。

ピ~カン    とまると アチ~~~('A`|||)

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吉野川沿いの国道を西進。

川の中に入っていきたい・・・(^^;

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道の駅で休憩しまひょ (。・ω・)ノ゙

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ん!?

閉まってる・・・

定休日でした (T_T)

道の駅の前はこんな感じ。

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シーズンになると、このあたりでアユ釣りする釣り人を見かけますよ。

こんな案内板も!

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太刀野の中央構造線 露出地点  この下 ・・

さらに、

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徳島県指定天然記念物【地質鉱物】 「太刀野の中央構造線」
昭和35年4月5日指定

中央構造線は,西南日本の地質を内帯(大陸側)と外帯(大洋側)に分ける大断層で、 九州東部から四国,紀伊半島を縦断し,関東山地から関東平野の地下まで連続します。 その間、中部地方で糸魚川-静岡構造線により切断されますが,総延長は1,000kmを 超えます。E.Naumannにより1885(明治18)年に命名されました。

「太刀野の中央構造線」は,内帯の上部白亜系和泉層群と外帯の三波川結晶片岩との 境界断層として見られ,吉野川北岸の河床には,東西方向に延長する断層破砕帯が露出しています。

破砕帯には,結晶片岩起源の断層粘土(灰緑色)と和泉層群泥岩起源の粘土(黒色) が墨流し状に混在し,緑色片岩や結晶片岩中の石英脈ならびに和泉層群の砂岩に由来する断層角礫が含まれています。

この付近(三好町昼間)の断層粘土の放射年代(K-Ar) 測定によれば、破砕帯の形 成を伴う断層運動が、約6,000万年前(新生代初め)には,すでに始まっていたと推定 されます。 ここの露頭の存在は,断層の位置を示すだけではなく、断層運動の様子や歴史を解明する上で,重要な指標となっています。

平成 14年 8月作成
徳島県教育委員会・三野町教育委員会


橋の下にこの断層破砕帯が露出していると書いてあるので、階段を下りてみました。

階段横にはこんなパネルもありました。

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ところが、橋の下は草ぼうぼうで それらしき断層破砕帯は見つけることができませんでした(^^;

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ウィキペディア(Wikipedia)で調べてみると・・。

地質境界としての中央構造線は吉野川の北岸を通っているが、その北に活断層が見られる。愛媛県でも地質境界としての中央構造線は砥部町の砥部衝上断層を通っているが、活断層は松山を通っている。四国山地北縁ではナイフで切ったように直線状に山が並び(断層崖)、その空中写真が活断層の見本として各種書籍に取り上げられている。活動度は1,000年間で最大8mと推定されている。

近年の活動記録が無く、エネルギーが蓄積されていると考えられ、要注意断層である。ただし、一部は約400年前に動いた可能性がある。この区間が活動した場合は、M7を超える地震になると考えられる。

・・・ こ、コワ~~~~ Σ( ̄ロ ̄|||)

このあとブラブラしてお家に帰りやした。

100km強のブラ・ツ~。

道の駅の温度計は30℃を示していましたが、この日の最高気温は34~5℃。 

暑かったでつ ・・・


滑ってスッテンコロリン

前回記事の続きだす。

虎の穴練習場をあとにして・・・

のどかな田舎道をトコトコ。

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ここから林道に入ります。

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小さなトンネルを越えてすぐ西側にのびる水路沿いを進むと、「虎の穴 パート2」があります。

前日記事で書いた「虎の穴」より広い沢セクションです。

ここの場所を知っているのは、うどん県のトライアル選手権組でもわずか数人。

もう誰も走っていない場所やと思います。

ほどなく「轟の滝」に とうちゃこ v( ̄∇ ̄)v

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4年ぶりっす (・∀・)

前回はクロスカブ子ちゃんでやってきてます。





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砂防ダムの向こう側に「轟の滝」があります。

前回は はしごをのぼらず「轟の滝」を見ることもなく引き返しましたが、今回ははしごをのぼりまひょ!!

手前の岩がコケむしていて、滑りにくいソールのトライアルブーツでも、ツルツル滑りまくりです(; ̄Д ̄)

なんとか梯子までたどりつき、のぼってみましたが・・

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山が崩れていて、砂防ダムの向こうまで行けそうにありましぇん ('A`|||)

仕方なく引き返していた その時!!

苔むした岩に足をついたとたん、ツルリン 

スッテンコロリン

体が宙を舞いました。

とっさに受け身をとりましたが、受け身ではらった左手の肘と指先を岩で強打。

あと10歳 歳をとっていたら、折れてたかも・・('A`|||)

このあと数日、左ひじは内出血してました(^^;


気をとりなおして、林道をのぼっていきます。

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林道は左右に分岐。

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右方向は、山崩れの補修工事で通行止め。

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左側の道も。

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どこまでのばすつもりなんだろ?

ちゅうことで、のぼってきた林道を下り、その後ブラブラ。


お家への帰路はいつも通るこの峠。

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「首切峠(くびきりとうげ)」!!

なんともおどろおどろしい名前。

戦国時代の天正7年(1579年)11月26日、造田備中守宗俊の守る造田城が長宗我部元親に攻められ、造田側は軍勢の差が大きく守りきれず、ほとんどの家来は討死し、造田備中守は城に火をかけ自害した。生き残った家来も損傷が激しく、その様が非常に哀れであったためこの場所で首を切ったことから、首切峠と呼ばれるようになったのだとか・・。

あ~~~、こわ~~~ Σ(゚д゚;)


ん!?

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セロ子ちゃんのタイヤの山も、やばし!! ・・・ざんす(^^;



虎の穴練習場へ行ってみた♪ 

暑い・・・

蒸し暑いっす ('A`|||)

ちゅうことで、ここ数日 24時間エアコンつけっ放しです。

電気代の請求がこわいよ~~~~~(TДT)


この日は、まださほど暑くない頃のお話。

セロ子ちゃんでトコトコ・ツーに行ってきやしたよ。

うどん県ののどかな道をトコトコ ♪♪

田んぼ風景。

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ネギ坊主もいっぱい (* ̄∇ ̄*)

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とうちゃこしたのは・・・

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JR讃岐財田駅。

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小さな無人駅におおいかぶさるように立っているこの木は・・・

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タブノキ!!  説明書きによると西日本にしか分布していないんだって( *゚ェ゚))フムフム

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おじゃましまんねやわ (・∀・)

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アンパンマンとバイキンマンがお出迎えしてくれましたよ (゚∀゚)アヒャ

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その時 ちょうど列車が・・・

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バビュ~~ンと通り過ぎていきました 

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このあと、ちょっと思い出深いところへ。

こんなところをとおり・・

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つきました v( ̄∇ ̄)v

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トライアルをやってた頃の練習場所。

勝手に「虎の穴」と呼んでた練習場所。

今は砂防ダムになっちゃってますが、当時(二十数年前)は砂防ダムの向こう側にまで 山あいに沢が広がっていました。

下の写真でもその名残がわかるかと思います。

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うどん県では沢セクションの練習ができる数少ない場所でしたが・・・。

今は砂防ダムの向こう側にはいくことができません。

砂防ダムのまだなかった頃は、山あいに沢が広がり 峠越えができる山道がありました。

今はそれを知る人ももうほとんどいなくなったんだろうなあ・・・

当時でも ここで他の人に出会ったことはほとんどありませんでした(^^;


砂防ダムを向いて右側の山側には、箸蔵寺に続く旧道の箸蔵街道ががあります。

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箸蔵街道

箸蔵寺(徳島県池田町 ) は、こんぴらさんの奥の院とも呼 ばれ、こんぴらさんに参拝した人は箸蔵寺にもお参りしたも のです。箸蔵街道はこうした参詣人のための街道として栄えた道で、阿波街道の猪の鼻越えと共に、当時の重要な交通路 でした。

毎日、二、三十人ずつの人が列をなしてこの街道をつぎつぎと行き来したそうです。 また、農繁期前後には何百頭もの 借耕牛が鈴をならして通ったといいます。

二軒茶屋と呼ばれたところは昔茶店が二軒あり、ほかに民家も二、三軒あったそうです。今では、茶店も姿を消し、たった一軒残った民家で最近まで炭焼きの老夫婦がひっそりと 山暮らしの日々を送っていました。

そのほか、明治末まで荒戸のふもとに「さいはん」という 大男が住んでいました。さいはんは毎日馬の背に米六斗(九 十キログラム) を積み、自分は三斗を負って阿波通いをした という話もあります。

ここから、二・四キロほど上ったところには眺望のすばらしい休けい所があり、また、二軒茶屋から箸蔵寺の方にむか って約二キロほど行けば馬除という山あいの集落もあります。

昭和六十一年三月 香 川 県


当時は、ここまでトランポに乗りつけて、トラ車をおろし 沢で練習し、休憩がてらこの箸蔵街道を・・・

それも今は昔・・・

平成17年の看板でしたが、「バイクも自転車もここを通っちゃダメよ!!」って看板が。

当時でもこの箸蔵街道を知ってる人はあまりいなかったんやけど・・。

こういう話はすぐ伝わるみたいなので、今では お気に入りの場所はあまり人に言わないようにしてます。

そうしないと、荒らされて閉鎖されちゃんよね・・('A`|||)

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さらにトコトコ・ツーは続きまんねやわ (*^・ェ・)ノ


うだつの町並みと満濃池をおとずれまんねやわ♪

ここのところセローで山の中ばかりうろちょろしていますが、たまにはダブ子ちゃんにも乗らないとネ

この日はあいにくの曇り空。

いつもとは違ったルートで、うどん県東部のほうから山越ですだち県へレッツラ・ゴ~~

のどかな風景ざんす(・∀・)

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峠にはダム(宮川内ダム)がありやしたよ。

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上流側のダム湖。 色とりどりのアジサイがきれいっす。

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ジョンジョロリンと放尿ちがった放流 

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すだち県にはいり・・・

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ひさしぶりにおとずれたのは・・・

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藍のふるさと 阿波
~日本中を染め上げた至高の青を訪ねて~ 
美馬市脇町南町伝統的建造物群保存地区(うだつの町並み)

吉野川流域には、まるでお城のような屋敷があちこちで見ることができます。これらは、江戸時代 から明治時代にかけて活躍した藍商人の屋敷です。徳島の藍は、とても品質がよかったことから全国 的に大人気となり、藍商人は大いに繁栄しました。

美馬市脇町南町伝統的建造物群保存地区(うだつの町並み)も、藍の集散地として、藍商人たちに よって築き上げられました。町並みには、本瓦葺の屋根に、漆喰壁、2階部分には「うだつ」をあげ た豪華な建物が軒を連ねています。ここには、今でも、藍で栄えた風景が残っています。


脇町 うどつの町並み!

こんなお屋敷が軒を連ねています。

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うだつ
うだつ「卯建」は、二階の壁面から突き出した 漆喰い塗りの袖壁で、火よけ壁とも呼ばれ防火の 役目をしていました。
江戸時代、裕福な商家はこの「うだつ」をあげ た立派な家を競って造りました。
ことわざ辞典にいつまでもぐずぐずして一向に 出世できないことを「うだつがあがらぬ」と記し ており、この語源になったのではないかと思われ ます。


「うだつ」って、こういう事なんですよ~~~(゚∀゚)アヒャ

こういうのも懐かしいっす。↓

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こんなタバコ屋さんは、近所にありましたよ。

でもこの手の電話機は、あたいの小さいころにはすでになかったです(* ̄∇ ̄*)エヘヘ

もう少し散策しまひょ。


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川向うに見えるは・・・

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オデオン座!! 寅さんファンなら、知っているよね(*゚▽゚*)

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わかんない人は↓ を見てね。







このあとうどん県に戻り・・・

そうだ!!

”満濃池のゆる抜き”が、ローカル・ニュースで流れていたので立ち寄りました。

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は~~い、お勉強タイム!! (゚∀゚)アヒャヒャ

満濃池略史     満濃町 

昔この地方は「晴天五日を経れば水湿の潤い無く霖雨二日に及べば洪水の難有り」と記されているように水利に乏しいところであった。農民は灌漑用溜池を渇望・歎願しつづけそれが実現されたのが満濃池である。阿讃の四季を映す水鏡は風光明媚、貯水量、伝説など名実ともに日本一と称されている。 

この池の創築は大宝年中(七〇一~七〇四)に国守、道守朝臣が築いたとされている。 

その池名の由来は大同四年(八〇九)頃まで当地を神野郷(かんのごう)と呼んでいたのを眞野郷(まのごう)と改めたので「眞野」 あるいは「十千(といち)」の池とも呼ばれたといわれている。 

満濃池は嵩上げ(堤上げ)、樋替え、復旧の歴史である。有名な工事は弘仁九年(八一八)の洪水、翌年の大旱魃により農民の困窮は極限に達した。国守の奏上により弘仁十一年(八二O)路真人浜継が下国し復旧に着手した。しかし九十九谷の雨水との戦いは工事の成功が危ぶまれた。そこで浜継は国守、清原夏野と計り、池は大きく民は少なく修築の困難を再奏上し空海の差遣を懇請した。

嵯峨天皇の弘仁十二年(八二二)五月二十七日勅許により名僧弘法大師(空海 四十八歳)が築池別当とし て、沙弥、童子を従えて、豪族矢原正久邸に止錫した。(このとき唐から持ち帰った花梨を植樹したと伝えられている。)空海は池畔の護摩壇上で秘法を修し加護を祈りつつ弓状堤防などの指図と説法をされた。 人びと空海の徳を慕い嬉々として集まり僅か三か月でみごと難工事を仕上げた。

三十余年を経て、仁寿元年(八五一)の秋、堤防が決潰し、国守、弘宗王により数千の夫役を発し、堤高を八丈(二三、Om)とした。その後何回かの修覆をしながら元暦元年(一一八四)の修築を期に戦国時代となり以後四五〇余年修覆する人もなく、池の中に池内村ができていた。

寛永二年(一六二五)に藩主生駒正俊が家臣西島八兵衛之元に復旧を命じ、豪族矢原正直と計り昔日の面影を見るようになった。

満濃池の池名は江戸中期より遣われるようになる。 

以来樋替工事二十回(御用普請八、国普請八、自普請四) 安政元年(一八五四)の大地震に堤防が決壊し、明治二年(一八六九)高松藩執政松崎渋右衛門の発議により揺替えごとの労役軽減や底樋の恒久化のため、豪農長谷川佐太郎などの協力により寒川郡富田村 庄屋軒原庄蔵に命じ石穴三十間五尺三寸 (五六、 二m)を穿鑿した。(国の登録有形文化財)翌年六月 堤長四十五間半(八八、七m)、堤高十三間(二三、六m) の完成を見た。堅樋、櫓は大正三年(一九一四)に配水塔に改築された。

その後の嵩上げは明治三十八年にO、八七m、昭和二年に一、五m、第三次は県営満濃用水改良事業として昭和十五年より 開始したが戦争のため休止の憂目を見た。水没する五毛地区三十三戸の立退きなどの協力により昭和三十四年(一九五九)三月に六、Om、大望の竣工となり現況は次のとおりとなった。

堤高  三二、三四m_     貯水量   一、五四〇万m 
有効水深  二二、一四m    灌漑面積  約四、六○○ヘクタール
満水面周囲 約二Okm           総工費  五四三、三二七千円 
水面積  一三八、五ヘクタール

平成十三年一月十六日


読んでて寝た人!! バケツに水を入れて廊下で立ってなさい (*;゚;ж;゚;*)ブッ

ここでも放尿!! 


ゆる抜きっす( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

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満濃池からのお水でたくさんのお米が育つんでしょうね (⌒∇⌒)



すだち県東宮山の林道をトコトコ・ツー♪

先般、近場の林道ツーの記事をアップしましたが、その前の記事をアップし忘れていて後先が逆になっちゃっいました・・(^^;

この日は6月6日。

ブイ~~ンと、すだち県の山を目指すざんす v( ̄∇ ̄)v

すだち県の穴吹川沿いに上流域へ。

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詐欺だあああ!  間違いました。 サギ違いっす (゚∀゚)アヒャ

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カモがネギしょってますよ (゚∀゚)アヒャ  うそぴょ~~ん

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穴吹川はこの日もきれいっす (o^∇^o)

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四国の3ケタ酷道をすすんでいたら・・・(つд⊂)ゴシゴシ

崖下になんかいますよ。

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スームアップ 

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シカさんやん (゚∇゚ ;)

身動きとれていないってことは・・・

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そんなこんなしてたら、他の鹿さんが すぐ真下の崖を下りていってました。 (||゚Д゚)ヒィィィ!


本日のお目当てルートの入り口にとうちゃこ。

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ブロ友さんは、見覚えあるっしょ!?

こちらを見てね。




東宮山の幻の岩屋の伝え書きがあったところ。 林道今丸線の入り口っす。

林道今丸線を入っていきますよ~~v( ̄∇ ̄)v

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ずいぶん山をのぼってきました。

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お花に蝶々が群がって乱舞してました。

写真を撮ろうと近づくと、逃げられちゃった・・・('A`|||)

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ここでも崖下からガサ・ガサ・ガサ・・・

あっ、鹿さんだ!!

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写ってない・・・('A`|||)

このあたり、木々を切り出しているので、木のいい香りが漂っています。

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ほぼ東宮山の山頂あたり。

脇道に「東宮山神社」の看板があったので、行ってみやした。

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この山道を進んでいくと、幻の岩屋があるのかも!?

この日は歩く格好をしてきていないので、またあらためてここに来まんねやわ (・∀・)

さらに進むと、道が左右に分かれていました。

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南へ進んでみまひょ。

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438号線の川井トンネルのところにでてきました。

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ちゅうことは、林道今丸線が、倉羅川井峠線に繋がるってことなんやね。

こちらの川井トンネル側が倉羅川井峠線の終点。 起点はこれまた先般訪れた天空の大パノラマ「葉波岳」の先になるっちゅうことで、やっと位置関係が理解できましたよ (゚∀゚)アヒャ

天空の大パノラマ「葉波岳」





倉羅川井峠線は、途中 山の崩落で行き止まりになっているちゅうことでしたが、行けるとこまで行ってみることにしました。

来た道を引き返し・・・

でた~~~~ (; ̄Д ̄)

完全に行き止まりっす (;´Д`)

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ここからすぐのところに南東方向に向いた脇道がありました。

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林道 殿宮線。 どこに繋がっているのかわかんないけど、とりあえず山は下りれそう・・。

ダート部分もあって、トコトコと楽しめましたよ (☆゚∀゚)

ウネウネ、トコトコと山を下りていくと・・・

438号線にでてきました (*゚∀゚)っ

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山の中のルートはこんな感じ。

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さらに広げると・・・

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全体走行ルートは、こんな感じ。

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この日も、自然を思いっきり楽しんだ1日でやんした。

やっぱりセローちゃんは、いい”こ”やねえ~~~v( ̄∇ ̄)v


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