前回記事の続きです。

義民を祀った徳武神社と久森神社をお参りしたあとに向かったのは・・

徳武神社から南に400m、久森神社から南西に350mのところにある史跡「筒野の笠仏」


グーグルマップにも名前が書いてあるだけで、クチコミ投稿のひとつもありません。

気になったので行ってみました。

集落の細い路地を少し入ったところに見つけました。


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あったのは、民家の敷地の中?・・Σ(・ω・ノ)ノ

ちょうどお家の人が外に出ていらっしゃったので、見学の旨お願いしました。

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筒野の笠仏(石幢-せきどう)
さぬき市指定史跡

地元では笠仏として親しまれています。石幢は供養のため鎌倉時代から造られるようになりました。 
基礎の部分は一辺一〇六cmの四角い形をしており、上部には反花座が彫られています。憧身は高さ一九一cmの八角形をしており憧身には

(↓@は梵字、□/__は判読不能文字)

南面 @ア @カ

南西面 @アク□ @ □キリーク
 □□真言_____咒
 □□真言_____咒  

西面 □@マン 
 千手真言_____咒
 延命真言______

北西面 □□
 弥陀大咒 ______
 弥陀小咒 ______

北面 □□ ______ 

 文永七年庚午二月二十二日
 □造立願主□□敬白
____ ____________

の銘文が確認できます。現在の笠は後の時代に補われた別の物で、本来の組み合わせの笠は安政の大地震で破損したと伝えられ、両脇に置かれています。

笠は、憧身と同じ八角形で幅一〇〇cm・高さ三〇cmを測り高さが低く軒の反りが穏やかな鎌倉時代の特徴を示しています。造立は文永七年(一二七〇)と刻銘がはっきりしている鎌倉時代の石造物であり、さぬき市最古の貴重な石幢です。

さぬき市教育委員会
さぬき市文化財保護協会

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↓は、安政の大地震で破損したと伝えられ、両脇に置かれている笠。


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この説明板は、「さぬき市」となっていることから、平成の大合併後の作成物。

今はその時からすでにずいぶん経っているためか、さらに風化してどの刻字も判読することができませんでした。

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説明板には、この「筒野の笠仏」が、どういう意図で作られたものか、どのような内容が書かれているのか、一切触れられていませんでした。

この石幢についてネット上でもいろいろ調べてみましたが、詳しく解説された情報は見つけることができませんでした。

以下、私なりのこの筒野の笠仏について考察してみました。

(この記事を書くにあたり、10日近くかかりました。(^^; )


あらためて、この説明板の書いてあった石撞の内容(刻字)は下のとおり。
(↓@は梵字、□/__はは判読不能文字)

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南面 @ア @カ

南西面 @アク□ @ □キリーク
 □□真言_____咒
 □□真言_____咒  

西面 □@マン 
 千手真言_____咒
 延命真言______

北西面 □□
 弥陀大咒 ______
 弥陀小咒 ______

北面 □□ ______ 

 文永七年庚午二月二十二日
 □造立願主□□敬白

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「筒野の笠仏」

はじめに

 香川県さぬき市大川町富田西筒野に所在する「筒野の笠仏(石幢)」は、鎌倉時代文永七年(1270)の銘をもつ貴重な石造物です。

 現在、風化が進み、刻まれた梵字や文字の多くは判読困難となっていますが、現地説明板(さぬき市設置)には、建立当時に刻まれていたとみられる文字の一部が字起こしされていました。

 本稿では、説明板に残された情報をもとに、この石幢が表していた信仰世界について考察します。


1.考察の前提

本石幢を考えるうえで、次の点を前提としました。

1) 当地は真言宗系信仰の強い地域であったこと
 讃岐の地は古くから真言宗寺院が多く、真言密教信仰の影響が濃い地域。
讃岐東部の筒野周辺もその例外ではなく、本石幢の宗教的背景を考える際、真言密教との関係は重視すべきと考えました。

2)石幢各面に「〇〇真言」と記されていること
 説明板には、各面に「千手真言」「延命真言」「弥陀大呪」「弥陀小呪」などの文字が確認されます。 これは、それぞれ特定の尊格に対応する真言を刻したものと考えられます。

3) 近隣寺院との時代的共通性
 近隣の長尾寺には、ほぼ同時代の石造物(石幢・経堂系遺構-1286年作)が現存していました。 長尾寺は近世以前には真言宗寺院であり、天和三年(1683)に天台宗へ改宗したと伝えられています。 

 こうした地域事情から、当初は本石幢が真言密教系思想のもとに建立された可能性が極めて高いと考えました。


2.石幢各面に書かれた内容

 この各面に書かれた内容を読み解くには、確定しやすい面から特定することが早道だと途中で気づきました。

1)西面

西面



(1)西面の刻字について
説明板によれば、西面には次のような文字があったとされています。
・千手真言
・延命真言

さらに上段には梵字が書かれていますが、一部はすでに判読不能な状態です。

上段の刻字は他の面の残った字も合わせて考えると、尊格を表す梵字で間違いないと思います。

(2)「千手真言」から推測される尊格

ここでは、二つの尊格の可能性が考えられました。

(A)千手観音菩薩:「ह्रीः」(キリーク)
「千手真言」は通常、千手観音菩薩に対して唱えられる真言を指します。(千手観音の代表的な真言(マントラ)は「オン・バザラ・タラマ・キリク」)

千手観音は、千の手と眼によって衆生を救済する観音菩薩であり、中世以降、現世利益・病気平癒・厄除けなど幅広い信仰を集めました。

したがって、西面に刻まれた「千手真言」の上段には、千手観音菩薩を表す梵字(種字)が置かれていた可能性があります。  種字については諸説ありますが、観音系尊格に用いられる「キリーク」系統の文字であった可能性が考えられます。 

(B)観音菩薩:
「स」(サ)
千手真言に対する尊格なので、
千手観音菩薩と考えるのが自然なのですが、違った見方も推測できます。

次に出てくる
北西面に書かれた上位尊格が阿弥陀如来とした場合、この西面には阿弥陀如来の脇侍(きょうじ/わきじ)である千手観音の母体尊である観音菩薩「स」(サ)の可能性もでてきます。

これはこの面の下に出てくる
普賢延命菩薩「युः 」(ヨク)と普賢菩薩「अं」(アン)の考察と同様に、在地信仰において観音菩薩と千手観音菩薩、普賢菩薩と普賢延命菩薩が重ねて理解されていたとするなら、観音菩薩の可能性も捨てきれませんでした。


(3)梵字読み
「マン」と「延命真言」から推測される尊格
説明板では、「延命真言」の上段梵字について、日本語読みで「マン」と記されています。

この「マン」に相当する梵字は、文殊菩薩・普賢菩薩などに関係づけられる例があります。 (種字の対応には流派差・時代差があり、一義的には定めがたいが・・)

①文殊菩薩
-文殊菩薩を表す梵字「मँ」(マン)例-
2026-04-29文殊菩薩マン梵字

しかし、下段に明確に「延命真言」と記されている以上、この上段梵字は延命信仰と関わる尊格を示すと考えるのが自然です。

その場合、有力な候補となるのが 普賢延命菩薩 です。

②普賢菩薩と普賢延命菩薩

「延命真言」とは、普賢延命菩薩(ふげんえんめいぼさつ)の寿命を延ばす功徳を称える真言。 密教において、健康長寿や財運招福を祈願して唱えられます。
 
したがって
「延命真言」の上段にくるのは、普賢延命菩薩を表す梵字だと想像したのですが、事はそう簡単ではありませんでした。

普賢延命菩薩の梵字は「युः 」日本語読みで「ヨク」です。


2026-04-29普賢延命菩薩ヨク01

説明板に字お越しされた梵字とは特徴も微妙に違うし、日本語読みも「ヨク」と「マン」では全然違います。

普賢延命菩薩のことをさらに調べてみると、「普賢菩薩(釈迦如来の脇侍であり、独尊としても祀られる)から派生した密教系の菩薩像」です。

普賢菩薩の梵字は、

(普賢菩薩梵字例1)

2026-04-29普賢菩薩アン02

(普賢菩薩梵字例2-古峯原金剛山端峯寺_普賢菩薩)
2026-04-29普賢菩薩梵字01古峯原金剛山端峯寺_普賢菩薩 梵字

梵字は「अं」であり、日本語読みで「アン」ですが、「マン」と記している資料もありました。

再度、説明書きの字お越し文字と、<文殊菩薩><普賢延命菩薩><普賢菩薩>の梵字をそれぞれを比較してみました。

2026-04-29普賢菩薩の梵字を考える01a
・文殊菩薩では、その下に書かれた「延命真言」の内容と整合性がとれません。また赤枠の横にひいた部分が文殊菩薩を表す梵字とは異なります。

・「延命真言」からすると、普賢延命菩薩が一番理にかなっているのですが、説明板に書かれてあった梵字の”日本語読み”と異なります。

・普賢菩薩の梵字の日本語読みは「アン」ですが「マン」と読む記述も存在しました。青枠の横に伸びる線は微妙ですが、”続き”の線と捉えると不自然ではありません。


(A)普賢菩薩:「अं」(アン)
説明書きの梵字読みの「マン」を重視するなら、普賢延命菩薩の「ヨク」より、普賢菩薩「アン」の方に分があります。 普賢延命菩薩は普賢菩薩からの派生菩薩であり、中世在地信仰においては、普賢菩薩と普賢延命菩薩が厳密に区別されず、普賢菩薩を本尊として延命真言を唱える実践が行われていた可能性も考えられます。

(B)普賢延命菩薩:「युः 」(ヨク)
下段の「延命真言」から推測すると
普賢延命菩薩が自然。 説明書きの作成時点で間違って判読/字お越しをした可能性も捨てきれません。

<普賢延命菩薩:「युः 」(ヨク)>か<普賢菩薩:「अं」(アン)>のどちらかに間違いなさそうですが、いずれを断定するには至りませんでした。
(個人的には
普賢菩薩:「अं」(アン)の可能性が高いのではないかと考えています。)


(4)西面の推測
-上段尊格-
(A)「ह्रीः」(キリーク)・・千手観音菩薩
もしくは
(B)
「स」(サ)・・観音菩薩

(A)
「अं」(アン)・・普賢菩薩
もしくは
(B)「युः 」(ヨク)・・普賢延命菩薩

-下段真言-
千手真言
延命真言

この西面は、千手観音による現世救済、普賢延命菩薩(または普賢菩薩)による延命息災という、現世利益を主題とした構成を示す面であると推察されます。


2.北西面

2026-04-29北西面


(1)北西面の刻字について
弥陀大咒
・弥陀小咒

阿弥陀如来に関する二種類の真言(マントラ)を区別して刻んだ表現。
弥陀大咒 = 阿弥陀如来の長い真言・正式な真言
弥陀小咒 = 阿弥陀如来の短い真言・略式真言
つまり、阿弥陀如来に対して唱える真言を、長文版と短文版の両方刻んだもの

a.弥陀大咒の一例
「ノーボー・アラタンノー・タラヤーヤー・ノーマク・アリヤー・ミタバヤー・タタギャタヤー・アラカテイ・サンミャク・サンボダヤ・タニヤター・オン・アミリテイ・アミリトードバベイ・アミリター・サンバベイ・アミリター・キャラベイ・アミリター・シッテイ・アミリター・テイゼイ・アミリター・ビギャラ」

b.弥陀小咒
「オン・アミリタ・テイセイ・カラ・ウン」


(2)推測される尊格
弥陀大咒、弥陀小咒の真言から、この北西面については阿弥陀如来面と見て、ほぼ間違いないと思われます。

そして前述の西面の上段の尊格とその下段の真言は上下で対になっていましたが、こちらの北西面では、上段の尊格とその下段の2種類の真言は対になっていないと推測します。

上段二文字は二つの尊をあらわした梵字、下段の大咒/小咒は阿弥陀の真言と考えられます。

そこで二つの尊格が何なのかは、二つの仮説が考えられました。

(A)阿弥陀如来の脇侍(きょうじ)2尊の配置

南西面の尊格に「अःアク □ ह्रीःキリーク」があります。

それぞれの面の尊格をひととおり(実際には3~4とおり)考えてみて、南西面のह्रीःキリークにあたる尊格が、阿弥陀如来の可能性が高いと考えました。

と、考えた場合、この北西面の尊格は、阿弥陀如来の脇侍の勢至菩薩と観音菩薩の可能性があります。

①勢至菩薩(せいしぼさつ)सः」(サク)
勢至菩薩は、真言宗では主に阿弥陀如来の右脇侍として、観音菩薩と共に「阿弥陀三尊」として祀られる智慧の仏。

2026-04-30サク勢至菩薩01

②観音菩薩「स」(サ)
真言宗における観音菩薩は、人々の苦難を聞き即座に救う慈悲の象徴(観世音・観自在)です。聖観音の真言は「おん あろりきゃ そわか」で、災難除けや運気好転のご利益があるとされます。

2026-05-02サ観音菩薩



上記仮説は、南西面の「ह्रीः」(キリーク)が阿弥陀如来とした場合ですが、もうひとつの仮説は、南西面の「ह्रीः」キリークが阿弥陀如来とは別尊で、この北西面に阿弥陀如来が配置されているとするものです。

(B)阿弥陀如来「ह्रीः」キリークと勢至菩薩सः」(サク)の配置
(A),(B)の二つの仮説のいずれにしても、この北西面には勢至菩薩が書かれている可能性がかなり高いと思われます。

阿弥陀如来(「ह्रीः」キリーク)が、この北西面の上位尊として書かれ、その下に勢至菩薩(सः」(サク))、そして前述の西面に観音菩薩(「स」(サ))が配置されている仮説も十分に成り立ちます。

風化して判読不能な部分が多数を占める石撞の状態からは、判断材料が乏しく、どちらに確定するのは難しいながら、個人的にはこの北西面は勢至菩薩と観音菩薩の配置の可能性が高いと思っています。


(3)北西面の推測
-上段の尊格-
(A)
सः(サク)・・勢至菩薩
「स」(サ)・・観音菩薩

(B)
「ह्रीः」(キリーク)・・阿弥陀如来
सः(サク)・・勢至菩薩


-尊格の下-
弥陀大咒/弥陀大咒

この北西面は観音菩薩および勢至菩薩という阿弥陀三尊の脇侍を配し、さらに弥陀真言を刻むことから、阿弥陀如来による往生救済の機能を担う面であると考えられます。



3)南面

南面アカ

(1)刻字について
この南面は、尊格だけ書かれています。

(2)推測される尊格
अ」から推測される尊格:大日如来
大日如来は真言密教における法身仏であり、宇宙の真理(法)そのものを人格的に表現した存在。 諸仏・諸菩薩は大日如来の顕現とされ、密教においてはその教えの根源をなす中心的仏格として位置づけられています。


梵字:金剛界「
वं,」バン、胎蔵界「अ」

↓は胎蔵界梵字(ア)の一例
2026-04-30ア大日如来

南面は、尊格だけを刻字する点、そしてこの梵字の形
अ」と日本語読み「ア」からして、大日如来であることは間違いないと思います。


カ から推測される尊格:地蔵菩薩
大日如来 अ」アの下に来る尊格。 最初 仏教的配置から釈迦如来と考えたのですが、梵字の形「と日本語読みの「カ」から考えると、地蔵菩薩としか考えられませんでした。


地蔵菩薩の梵字:「

2026-04-30地蔵菩薩カ

地蔵菩薩は六道輪廻の世界において衆生救済を担う菩薩であり、特に地獄界における救済者として重要視されます。また現世利益信仰とも結びつき、延命・除災などの機能を有する存在として広く信仰されてきまし。 本石幢においては、来世救済と現世利益を媒介する役割を担う尊格として位置づけられていると考えられます。


(4)南面の推測
・「अ」ア・・大日如来
・「ह」カ・・地蔵菩薩


南面における大日如来と地蔵菩薩の併置は、密教教理の厳密な体系から見れば異質な組み合わせといえます。 しかしながら本石幢の性格を踏まえると、宇宙的真理を象徴する大日如来と、六道救済を担う地蔵菩薩とを同一面に配することにより、教理的理念と現実的救済の双方を志向した信仰のあり方が示されていると考えられます。


4)南西面

南西面 アク□キリーク

南西面は、尊格3尊、2真言(マントル)で構成されています


(1)
अः」(アク)から推測される尊格:不空成就如来

釈迦如来「भक्」(バク)が、南面の大日如来の下の一尊、もしくはこの南西面に配置されると最初考えたのですが、説明版に書かれた梵字
अः」(アク)とはかなり異なります。

説明版に「अः」(アク)が書かれていることと、筒野の笠仏の近くにあるほぼ同年代に作成された長尾寺の石撞の一面に不空成就如来अः」(アク)が書かれていることから、ここには不空成就如来が配置されていると推測しました。(ただし長尾寺のそれは、真言密教の教理にもとづいた五智如来、すなわち大日如来を中心に石撞4面に、阿閦如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来の梵字が配置されています。)

不空成就如来は真言密教における五智如来の一尊であり、あらゆる行為を成就させる力を象徴する仏です。その名のとおり「不空」、すなわち無駄に終わることのない成就を意味し、障害を除き願いを実現へと導く働きを担います。 本来は五智如来のうちの一尊として体系的に配置されますが、本石幢においては単独で刻まれており、教理的構成よりも実際的な成就の力が重視されたものと解されます。

さらに、不空成就如来が釈迦如来と同一視される場合があることを踏まえると、本尊は単なる成就の象徴にとどまらず、現世において衆生を導き教化する釈迦如来的機能をもあわせて意図された可能性があります。


(2)
अः」(アク)とह्रीः」(キリーク)の間の□(判読不能)の尊格について
南西面においては三つの尊格が確認されますが、真言が二種にとどまる点に注目しました。最上段の不空成就如来を釈迦如来的機能を有する尊格とみなす場合、中段の尊格が如来であれば三種の真言が対応するはずであり、整合しません。したがって中段の尊格は菩薩・明王・天部のいずれかに属する補助的尊格とみるのが自然であり、上段尊の機能を補完する役割を担うものと推察されます。

A)不動明王「हां」(ハーン)
不動明王は真言密教における明王の中心的存在であり、大日如来の教えを実践として成就させる力を象徴する尊格。障害を除き、迷いを断ち切る働きを担う点に特徴があり、本石幢においては上位の如来の働きを現実において実現する補助的尊格として配置された可能性が考えられます。

B)文殊菩薩मँ」(マン)
南西面中段の尊格については、釈迦如来の脇侍として文殊菩薩を想定することも構造上は可能だと考えました。 特に西面に普賢菩薩が確認される場合、釈迦三尊の一角として文殊菩薩を補う解釈は一定の整合性を有するからです。 しかしながら、本石幢が延命・除災など実用的真言を中心とする構成であることを踏まえると、智慧を主徳とする文殊菩薩の配置はやや機能的連続性に欠ける可能性もあり、補助的仮説として位置づけるのが適当であると結論づけました。


(3)
「ह्रीः」(キリーク)から推測される尊格:阿弥陀如来
「ह्रीः(キリーク)」は阿弥陀如来を第一義とする種字であり、阿弥陀如来の化身とされる観音菩薩系にも用いられることがあります。 しかしながら、本石幢の他面における尊格配置(西面に、観音菩薩あるいは千手観音菩薩が配されている点)を踏まえると、この南西面のキリークは阿弥陀如来と解するのが自然であり、また本面における尊格と真言の対応関係とも整合します。

すなわち本面は、
①不空成就如来・・行為の成就(釈迦如来的導き)
②不動明王・・実行
③阿弥陀如来・・最終救済(往生)
という機能的構造をなしており、現世における実践から来世における救済へと至る一連の流れを示すものと理解することができます。

阿弥陀如来は西方極楽浄土の教主とされる如来であり、衆生をその浄土へ導く往生救済の仏です。 本石幢においては、他の尊格による現世的救済や成就の働きと対応し、最終的な安住の場としての来世救済を象徴する存在として位置づけられていると解釈しました。


(4)南西面の推測
「अः」(アク)・・不空成就如来
・□(判読不能)・・(A)
不動明王「हां」(ハーン)   (B)文殊菩薩「मँ」(マン)
「ह्रीः」(キリーク)・・阿弥陀如来




4)北面

2026-05-04北面

北面は二尊の下段に一つの真言が配されている構成とみられます。

しかしながら梵字そのものはすべて判読不能の状態です。

南西面に不空成就如来が配されていることから、五智如来のうち未配置の阿閦如来・宝生如来のいずれかがこの面にあたる可能性も想定されます。 しかし本来の五智如来の方位配置(東西南北)に照らすと、本石幢の他面の構成とも整合せず、教義的配置からの逸脱が大きいため、この可能性は低いと考えられます。

そこで本面については、未出の救済機能を担う尊格に着目すると、薬師如来およびその脇侍を想定するのが、本石幢全体の構造として最も整合的であると推察されます。

薬師如来は東方浄瑠璃光浄土の教主であり、病苦の除去、延命、災厄の消除など、現世における具体的な救済を担う仏として広く信仰されています。その功徳は現実生活に直結するものであり、本石幢にみられる現世利益的性格ともよく符合します。

薬師如来を主尊とする場合、本来は日光菩薩・月光菩薩を脇侍とする三尊形式をとりますが、石造物においてはそのうち一尊のみが表現される例も少なくありません。 このため北面は薬師如来と日光菩薩または月光菩薩のいずれか一尊による構成とみるのが自然であり、下段の真言は薬師如来に対応するものと解しました。

(1)北面の推測
・「
भै」)ベイ/バイ・・薬師如来
・(A)日光菩薩सूर्य(スーリヤ系)/स(サ) 等   
 (B)月光菩薩चन्द्र(チャンドラ系)/च(チャ)等

*北面は刻字のすべてが判読不能であるため、本解釈は他面との関係および石幢全体の整合性から導いたものです。したがって一定の推測を含むことにご留意ください。



【総括:この石幢の性格について】
― 生活に即した密教的救済体系の視覚化 ―

本石幢は、各面に刻まれた尊格および種字の検討から、必ずしも真言密教における曼荼羅の教理体系を厳密に再現したものではないことが明らかとなりました。大日如来の配置や、各尊の方位・組み合わせには教義的整合を欠く部分が認められ、五智如来の体系的構成を意図したものとは考えにくいところがあります。

一方で、各面に配された尊格の機能に着目すると、本石幢は極めて明確な救済構造を有していることがわかります。すなわち、大日如来を中心的原理としつつ、観音菩薩による現世救済、地蔵菩薩による六道救済、不空成就如来による成就の力、阿弥陀如来による来世往生、さらに薬師如来による病苦除去・延命といった現世利益が重層的に組み合わされています。

とりわけ南西面においては、不空成就如来を頂点とし、その働きを補助する尊格を介して阿弥陀如来へと至る構成が読み取られ、現世における実践から来世における救済へと至る一連の流れが象徴的に表現されています。 また北面に想定される薬師如来は、現実生活に密着した救済を担う存在として、この構造に現世的側面を補完する役割を果たしていると考えらます。

本石幢が造立された文永七年(1270年)は、蒙古襲来を目前に控えた社会不安の高まりの中にあり、疫病・災害・戦乱への恐怖が広く共有されていた時代です。 このような状況下では、特定の教理体系に依拠するのではなく、現世利益・延命・死後救済といった多様な信仰要請が併存し、それに応じて密教・浄土教・地蔵信仰などが複合的に受容されました。本石幢に見られる尊格配置の非体系性は、こうした時代的背景を反映した実践的信仰の表れと理解されます。

以上のことから、本石幢は厳密な教理体系の具現ではなく、大日如来を中心としつつ諸尊の機能を総合的に取り入れた信仰空間を構成するものであり、「生活に即した密教的救済体系」を視覚化したものと位置づけられます。


*本文は、説明板に書かれた内容を元に推測したものです。この筒野の笠仏の刻字について説明板以上の情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非教えてください。