小豆島原付2種ツーリングの続きざんす
こまめ食堂でおいしい中山千枚田の棚田米をいただき、お腹もポッコリ
こまめ食堂のお隣にある春日神社で休憩しまんねやわ
この境内には中山農村歌舞伎舞台がありまんねん
春日神社の境内にある中山農村歌舞伎舞台は、天保年間以前に琴平の旧金丸座を参考にして建築されたと伝えられています。建築様式は、茅葺き寄棟造りで舞台の間口6.5間、奥行4.5間、回り舞台、スッポンの機構があります。昔は、石臼を利用して牛に引かせて舞台を回していました。花道は、上演の際臨時に架設されることになっています。見物席は、南北23.94m、東西23.33mのゆるやかな斜面を利用して石積でしきられています。また、特別の屋根付きの桟敷もあります。
衣装倉には代々受け継がれてきた根本(歌舞伎の台本)約350冊、衣装720点、かつら約60点などが保管されていて、最も古いものでは、寛政元年(1789)の太鼓や、文政元年(1818)の根本などが残っています。
中山農村歌舞伎は江戸時代後期から明治、大正の隆盛期を経て、今日に至るまで春日神社の奉納芝居として上演が続けられています。毎年第2日曜、午後5時ころから、農村歌舞伎保存会によって、4~5幕が上演されます。観客は「ワリゴウ弁当」を開き、酒を酌み交わし舞台の演技と一体になって夜のふけるまで見物します。
なお、歌舞伎は昭和50年7月31日、県の無形民俗文化財に、舞台は昭和62年3月3日、国の有形民俗文化財として指定されています。
小豆島町公式ウエブサイトより転載
http://www.town.shodoshima.lg.jp/olive_station/information/informatinon4.html
桟敷はこんな感じ。
おおお、歌舞伎役者や
おじさんたちは疲れてお休みモードざんす
ここからちょっと走りましたよ
とう~ちゃこ
岬の分教場こと、旧 田浦(たのうら)小学校。
二十四の瞳の舞台となったところです。
昭和43年に苗羽(のうま)小学校田浦分校となり、昭和46年廃校となりました。
私が小学生の頃ですね。
ここには私は10回以上訪れているので建屋の中にはいるのはパス(^^;
続いて この岬のさらに奥にある「二十四の瞳 映画村」にむかいます
ここは、田中裕子さん主演の 1987年版「二十四の瞳」の映画撮影で使用された岬の分教場やその他のオープンセットを活用した施設です。 田中裕子さん、わか~~い
映画で実際に使われたチャリンコ 空気がぬけてましたよ
Kむら先生ざんす
そうそう。小さい頃はこんな机と椅子でした
セットの小学校の前にはのどかな海がひろがっています
銅像とジャンケンして負けましたがな
菜の花をバックにおっさんが、はいチーズ
ここでも観光客にサインをおねだりされましたよ
そんなはずなやいやろ
もうこの日はお天気サイコ~ 暑いぐらい
イチゴとバニラのミックスソフト 食べてますよ
ここでのんびりしすぎました 時間が押してきました
あわてて次に向かいます。 やってきたのはここ。
小豆島霊場第8番 常光寺
ここに来た目的は
桜 ソメイヨシノではありません。
ここ小豆島の常光寺にしか咲かない固有種の 「ジョウコウジザクラ」
満開でしたよ~~~
いいもの見れました
そうだ お土産も買わなくっちゃあ
スマホナビちゃんの指示されたとおり走っていったら、もう人しか通れなさそうな細道をクネクネ曲がらされて、やっと とうちゃこ
(借物画像です)
ヤマロク醤油さん 昔ながらの杉樽の醤油づくりにこだわる「ヤマロク醤油」さん
木桶職人復活プロジェクト は、いろんなTV、マスコミでも紹介されているので、ご存じの方もいらっしゃるのでは
味見をして、醤油とだし醤油を2本お土産に買ってかえりました
右が再仕込醤油の「鶴醤(つるびしお)」、左が出汁醤油の「菊つゆ」。
特に右の鶴醤は、醤油のうまさが凝縮されたお味
こんなに美味しい醤油、味わったことがありません
これぞ本物の醤油って感じですよ ネットでも手に入るみたいなので、みなさんいかがですか
この時点で予定より20分近く押してます。あとは島の北側の海岸線をひたすら走ります。
ん
UさんのDT90がだんだんついてこれなくなっちゃいましたよ
ついには信号でエンジンストップ・・・
50年近く前のバイクにはちときついコースだったみたい
本日のツーリングルート
出発時:4342.9km
帰着時:4467.0km
本日の走行距離 124.1kmなり~~~~
めっちゃ楽しい1日でやんした
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